5 幼なじみ
「あの子は目も見えない。耳も聞こえない。かわいそうなんだよ。優しくしてやるんだよ。」
ユーリがまだ小さかった頃、同じ村の男の子について母親はそんなふうに言った。
村に同じくらいの年恰好の子どもは4人いたが、ユーリより1つ上のその男の子が目が見えないというのは、ユーリにはすぐには信じ難かった。
なぜなら他の2人の男の子と変わりなく、野を走り回っていたからだ。
それどころか森の中まで入って行くし、木登りはするし、薬草採りも大人顔負けに上手かったのだ。
ただ名前を呼んでも返事もしなければ、振り向きもしないので、耳が聞こえないのだ、ということはわかった。
時々「あー」とか「うー」とか声は出すが、言葉は全く話せなかった。
名前をシャノンという。
呼んでも反応はしないが、ユーリが近づくと振り向いてユーリの方を見た。
いや、見た、のではなさそうだった。
顔は向けるが、目は瞳の部分まで白濁していて、どこを見ているのかよくわからない。
ただ、嫌な感情は持っていないらしいことは、その表情でわかった。
ユーリが思い切って手を握ってみると、シャノンは嬉しそうな表情をして、それから空いている方の手でユーリの顔を触った。
触る、というよりは撫で回したと言った方がいい。
何をするのか? とユーリは一瞬思ったが、どうやら顔の形を確認しているらしいということに気づいた。
やっぱり、見えてないんだ。
ひとしきり触ると、シャノンはにこっと笑った。
なんの屈託も感じない、透明で澄んだ笑顔だった。村の誰よりも。
「あー」
シャノンが声だけを出す。
「あー」
シャノンはユーリの手を握ったまま、ユーリの手のひらに何かを書くように指先を滑らせた。
「?」
ユーリにはシャノンが何かを伝えようとしているらしい、とまではわかっても、その意味は全くわからない。
「なあに?」
と聞いても・・・。
そう。聞こえないんだった。
しばらくニコニコとユーリの方に顔を向けていたシャノンは、やがてユーリがなんの反応もしないことに少しがっかりしたような表情を見せた。
それから気を取り直したような顔をして、ユーリの手を持ったまま2〜3歩足を進め、そこにしゃがんで草むらに咲いていた小さな青い花を空いている方の手で摘んだ。
それをユーリの顔の前に差し出して、「あー」と声を出す。
草の緑に紛れて見落としてしまいそうな花だったが、顔のすぐ前に持って来られるといい香りがした。
「あ、ありがとう。」
言ってみたけど、聞こえてないよね?
そのことがあってから、ユーリはシャノンとお話がしたいと思うようになった。
他の2人の男の子たちと同じように——。
あの、指先でシャノンが書いたのは何かの文字だったんだろうか?
普段使う文字ではなかった。
あれはきっとシャノンのお話だったんだ。
ユーリはそう想像した。
シャノンの家をユーリが訪ねたのは、その翌日だった。
お母さんならきっと何か知っているに違いない。
シャノンはお母さんと2人暮らしだ。
お父さんはシャノンが生まれてすぐに死んでしまったらしい。
村の勇者として狩りに出て、ゲルドグにやられてしまったのだという。
村は守られたが、シャノンのお父さんは帰って来なかった。
だから、村人たちはこの母子を皆で慈しむようにして大切にしている。
シャノンのお母さんはユーリを歓迎してくれた。
「この子と直接話したいと言ってくれた子は、ユーリちゃんが初めてだわ。」
ユーリの思ったとおり、あれはシャノンとお母さんの間で作った「言葉」だった。
ユーリは、その「言葉」をシャノンのお母さんから教えてもらった。
シャノンと話ができるようになってゆくのが嬉しくて、ユーリは毎日シャノンの家に通い詰めた。
もちろん、ユーリはその知識を独り占めするような子じゃない。
他の子にも大人たちにも伝えようとしたが、他の子たちはすぐに飽きてしまい、大人たちは「難しくてわからん」と言って音を上げた。
結局、子ども数人が片言で話せるようになっただけで、シャノンのお母さんを除けばユーリが唯一シャノンの言葉を翻訳できる子、ということになった。
ユーリとシャノンはいつも手をつないでいる。
それを他の男の子が揶揄う時もあったが、ユーリはへっちゃらで言い返す。
「あんただって指文字覚えれば手つないであげるよ?」
いつしかユーリとシャノンが手をつないでいるのは見慣れた光景になり、あの2人は仲のいい幼なじみだ、というイメージが定着していった。
それはユーリにとっても嫌なことではなかった。
わたしはシャノンの通訳なんだもん。
ずっと一緒にいるんだもん。
スリーセンス幼少期のエピソードになります。