33 勇者たちのその後
後にも先にも、その森から生きて帰ってきたのはスリーセンスの3人だけであった。
生きて帰った——といっても、かろうじて、という感じで、泥だらけの3人が互いに支え合いながら、荷物も弩も失って宿にたどり着いたのだという。
何があったのか宿の主人が訊いても、ただ「恐ろしい・・・恐ろしい・・・」と言ってガタガタ震えるばかりだったという。
その噂は、王国中に瞬く間に拡がった。
あのスリーセンスが、そんな状態になっちまったのかよ?
いったい、西の黒い森には何が棲んでいるんだ?
ある意味、スリーセンスだから生きて帰って来れたんじゃないか?
ワゴウ村に向かっていた冒険者も、その噂を聞いたり、実際にうなだれて帰路に着くスリーセンスを見かけたりした時点で踵を返して引き返した。
恥ではない。
スリーセンスですら、あの有り様なのだ。
彼ら以外、生きて戻った者がいないのだ。
命あってのモノダネだぜ。
「名前に傷がついちゃったね。」
ボロボロの服にボロボロの大きな帽子をかぶった少年が、カウンター席に座って面白そうに隣の客に話しかけた。
女性客が並んで座る男性客の手に、指で何かを書きつける。
少年は煤で汚れた顔をしているが、よく見ればその造りは美形で、瞳は深い淵のような碧色をしている。
その瞳は、どこか面白そうな悪戯っぽい光を湛えている。
髪型は帽子に隠れて見えない。
少年と女性の間にもう1人少年がいて、頬を紅に染めながら落ち着かない様子を見せていた。
ここは知る人ぞ知るプリスプの店。
時間帯もあるのだろうか、客はあまり多くはない。
これでよくやっていけるものだと思うが、マスターの話では「夕方からは混む」のだそうだ。
「『別に名前のためにやってるわけじゃない』と言ってる。」
「うん。でも、ありがとう。」
「『何がかな? 俺たちは恐れをなして逃げ帰ってきただけだ。』だそうよ。」
女性がそう言うと、女性とボロ服の少年の間に座った少年が、幸せそうな顔で
「・・・です。」とだけ相槌を打つ。
碧色の瞳の少年が、その少年の頬っぺたを、つん、とつついた。
「ふふ。テルクも秘密が守れるようになったわねぇ。」
「しかし、その服。どこで手に入れるんです?」
プリスプを焼きながらマスターが呆れたように言う。
「ふふふ。ないしょ♪」
「気の毒に。また衛士さんたちが青くなって探してますよ?」
「だって、いろいろ口うるさいし、どっから見ても衛士なんだもん。お忍びにならない。こういう店、来させてくれないし——。」
「でね。その衛士なんだけど・・・」
と碧の瞳の少年が、テルクと呼ばれた少年をまっすぐ見つめた。
「テルク、わたしの専属衛士にならない? あなたならどんな時でも守ってもらえそうだし、どこへ出かけても口うるさく言わなさそうだし、何よりお話ししてて楽しいし・・・。」
テルクは目をまん丸に開いて、真っ赤になった。
「ぼ、ぼ、ぼ・・・」
「ぼくさえよければ、なんだけど? だって、あの魔獣の森から生還してきた1人なんだよ? 絶対強いに決まってるじゃない?」
ユーリとシャノンは2人だけで手をつないで街道を歩いている。
『この先の村で、冒険者を募ってるそうだよ。農地にゲルドグが出没するらしいわ。』
『応募していこう。』
『賞金の額は少ないよ? まあそれで、応募者がいないみたいなんだけど。』
『金額は構わないさ。圧倒的な強さを見せつけにいこう。』
『そうね。これほどのスリーセンスが、西の森からは逃げ帰ってきたんだ——ってのは、ダメ押しになりそうだもんね。』
ユーリの足取りは、はずむように軽い。
空は高く、どこまでも青かった。
了
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
実はこの物語、点字翻訳してくださる方がいたら、同じような障害を持った方に届けたいな——と思ってたりするんです。