31 少年と魔獣
テルクはシャノンと同じような皮膚感覚や嗅覚を持っているのだろうか?
ユーリは改めて、この歪な能力を持った少年を眺めた。
その表情は16歳という年齢とは思えないほど子どもっぽい。
いや・・・、たぶん、状況を知ろうとして必死でシャノンの真似をしていたんだろう。
ユーリにそれができなかったのは、きっとどこかでシャノンに頼り切っていたからに違いない。「スリーセンス」とチームで呼ばれることに慢心していたこともあるかもしれない。
「ねえ師匠、今思いついたんですけど。」
テルクが突然、その目をくりっと大きく見開いて話し始めた。
「その『匂い』って、僕たちの視覚と聴覚をごちゃ混ぜにしちゃう何かなんじゃないでしょうか? 目を瞑っても見えたし、耳を塞いでも聞こえたけど、両方塞いだらほとんど見えも聞こえもしなくなったんです。つまり・・・」
ひと呼吸おいてから、テルクはものすごい大発見でもしたような顔でユーリにこう言った。
「音が見えて景色が聞こえてたんじゃないかなぁ——って。」
「はあ? 何を言ってんだ、おまえ?」
が、そう言いながらも、ユーリは自身の感覚からもその斬新な考えはしっくりくる感じがあった。
それは、意外に真相を突いているかもしれない。
シャノンに伝えてみると、すぐに返事が返ってきた。
『それは当たっているかもしれないぞ。そう考えれば、俺だけが無事だったわけも説明がつく。』
ユーリがシャノンのその言葉を伝えると、テルクは顔中で嬉しそうに笑ってから、臆面もなく胸を張った。
「でしょ? でしょ? それで耳栓して目を瞑って、師匠の真似して裸足で歩いて糸を手繰ったんですぅ! 役に立つでしょ? ぼく——。」
こいつは・・・・
自慢することに、一欠片の遠慮も羞恥も感じないのか?
「だったらぁ。」
とテルクは勢いづく。
「次は2人ともシャノン師匠と同じになるように、目隠しして耳栓して行けばいいんですよ!」
「それでどうやって戦うんだ? わたしらはシャノンじゃないぞ?」
ユーリが冷ややかに言い放つと、「あ・・・」と言ってテルクは一転しょげ返った。
「あ、でも!」
とテルクがまたそこから顔を上げる。
復活が早い。
ころころと変わる表情にユーリが呆れていると、テルクは次の案を話し出した。
「あの匂いが原因なら、息止めてればいいんですよね? 吸い込まないように!」
名案でしょ? という顔でユーリを見る。
「あのなぁ。おまえ何分間、息止めて戦えるんだ? そもそも、何と戦うんだ? ゲルドグか? それとも、もっと何か別の魔物か?」
ユーリは冷ややかな一瞥をくれた。
「ここまででわかっているのは、わたしたちに何が起きたか——だけで、何者がそれを引き起こしたか、については何もわかってないんだぞ?」
『それを引き起こしたのは、あの動きの遅いゲルドグじゃないかな。』
シャノンがユーリの手を通じて会話に入ってきた。
「わたしたちを追いかけてきたというゲルドグ?」
『そうだ。あのゲルドグの臭いと一緒に、あの甘い匂いもやってきた。』
「やっぱり! シャノン師匠もそう思いますか?」
またテルクが勢いを取り戻す。
忙しいメンタルだ。
『俺が思うに・・・』
とシャノンがユーリに伝えてくる。」
『あいつはそもそも素早い身動きができないんじゃないか? その分、相手の「視覚」と「聴覚」を混乱させる、そういう匂いを分泌する能力を持って生まれたんじゃないだろうか。』
それは、障害者であるシャノンらしい発想であった。
『その能力を持っているから、あの動きの鈍さでもあいつは生き延びられたんだろう。』
「匂いで敵を倒す魔獣ゲルドグ——か。」
テルクが小説のタイトルみたいな呼び名をつけた。
『敵がはっきりすれば、対策の打ちようもあるね。』
ユーリはシャノンに指で伝えると同時に、発声してテルクにも伝えた。
「今度こそ魔獣ゲルドグを狩って、スリーセンスの名を不動のものにしましょうよ!」
テルクが目を輝かせて立ち上がった。
これが、さっきまで結界の前で子どもみたいに泣いていたやつと同じ少年か? とユーリは思わず苦笑いをしてしまう。
『いや。』
しかしシャノンは、全く違う答えをユーリの手に送ってきた。
『このまま宿に帰ろう。』