3 喰うか喰われるか
『気づかれた。』
シャノンがユーリの手のひらに伝える。
『動いた?』
ユーリがシャノンの手のひらに訊く。
『臭いが強くなった。こちらを向いて口を開けている。』
『距離は?』
『風の強さから測って予測するに、1.2㎞前後だ。臭いの強さからすると、秒速4mくらいだろう。まだ、早足くらいだな。』
『弩を準備する。ついでに誘き寄せも。一旦、手を離すよ。』
シャノンも弩を準備する。
雨が激しくなる。
風が渦を巻く。
この中で敵の動きを臭いだけで追うのは、なかなか難しい。
だが、シャノンには勝算がある。
ゲルドグは群れを作らない。
繁殖期以外、自身の縄張りの中に他の個体を入れない。
それは冒険者たちが狩るには都合がいい性質だった。
複数で取り囲んで攻撃できる。
もちろん、ひとつ間違えれば冒険者が喰われるのだが。
おそらく、昨日出た4人は、なんらかの連携で誤ったのだろう。
その点、この2人はそういう戦い方をしない。
2人1組で、迫りくるゲルドグの正面から勝負をかける。
それが、他の冒険者たちから畏敬の念を抱かれる理由でもあった。
ゲルドグの臭いが強くなる。
スピードが上がった。
ユーリが「誘き寄せ」を行ったのだろう。
ヤツは迷いなくこちらに向かっている。
餌だ。
ほら、餌がここにいるぞ。
ユーリがシャノンの背中側から、再びシャノンの手を取った。
『今、どのあたり?』
『800mくらいだろう。スピードを上げている。』
シャノンは風と臭いだけで、ゲルドグのおおよその位置を把握してしまう。
これが、他の冒険者にはできないシャノン独自の異能であった。
もちろんユーリにもできない。
『500mくらいになった。爆裂矢の準備を。』
シャノンがユーリの手に伝え、2人はそれぞれ自分の弩に爆裂矢のセットを始める。
爆裂矢は先端が強力な爆弾になった矢で、重量もあるため弩を使って撃つ。
人の力で引いて放つ普通の弓では撃てないのだ。
ギリギリと弦を引き絞って、弩にセットする。
先端の爆弾の安全ピンを弩の掛け金に引っ掛ける。
後方の肩当てで方向を固定して、ターゲットに向けて引き金を引く。そっと、寝た子をベッドに下ろすように引くのだ。
矢は飛び出しざま、掛け金に引っ掛けられた安全ピンが抜け、ナトリウム導火線に火がつく。
ナトリウム導火線は雨の中でこそ激しく燃え、約1秒後に爆弾は炸裂する。
鱗に覆われたゲルドグの皮膚は甲羅のように硬い。
撃ち込んで一撃で斃せる場所は1箇所しかない。
大きく開けた口の中だ。
自らを生き餌にするからこそ、生まれるチャンスである。
外せば次の瞬間に待っているのは、ゲルドグの臭い息を嗅ぎながらその鋭い牙で頭から噛み砕かれる運命なのだ。
『人の血の臭いがする。』
『やはり昨日の4人は喰われたのね。』
ゲルドグの皮膚に、まだその血が付着しているのだろう。
シャノンはこの嵐の中で、それも嗅ぎ分けた。
雨が少し弱まった。