25 小さな店の中で
ユーリはテルクの努力に敬意を表して、この小さなプリスプ店の秘密に付き合うことにした。
「皇女さまと同じお名前なら、ひょっとして王宮の噂にもお詳しいのではありませんか?」
「さあ、どうでしょ?」
ミクリーさんは悪戯っぽい目をする。
「カリンドア大臣の評判って、どんな感じです?」
「さあ。噂だけですけど・・・。なかなか野心の強い方で、権勢もおありだとか。国王陛下も遠慮なさるくらい。」
「国王陛下まで・・・?」
「国の経済を一手に支えておられますので・・・。それに今のところ、これといった落ち度もないらしいですわ。噂でしか知りませんけど?」
ははあ。とユーリは思う。
どうやら皇女はカリンドア大臣にいい印象は持っていないようだ。
『国王はこのプロジェクトの失敗を望んでるんじゃないか? それとなく訊けるか?』
シャノンがユーリに伝えてきた。
「この魔獣退治、国王の名で冒険者に呼びかけていますよね?」
「父・・・国王陛下は、名を使うことを許しただけでしょう。もし失敗すれば、カリンドア大臣は王の名に泥を塗ったことになりますものね。あ、これはあまり巷では言われていない憶測ですけど。」
つまり・・・。
王はこのプロジェクトが失敗することを望んでいるということか?
それによってカリンドアの力を削ごうと・・・。
「これは・・・王都に住む1人の庶民のお願いでしかないんですけど・・・。」
とミクリーさんはその碧色の澄んだ瞳をユーリに向けた。
「もしあなたたちが本物のスリーセンスさまなのでしたら、この魔獣退治から降りていただくことはできませんかしら?」
ああ。皇女もまた、いや、国王自身も密かにそれを望んでおられるのか・・・。
すると・・・
あのウリル大臣の極秘面会も・・・。
『どうやらこの皇女、ここで張っていればテルクが俺たちをここに連れてくると踏んでたんじゃないか? けっこう食えない皇女だな。』
『それは考え過ぎじゃない? 偶然に頼りすぎでしょ。』
そう毎日毎日、護衛をまいて出てくるわけにもいかないだろう。
第一、ここでわたしたちに偶然会うためには、ほとんど1日中張っていなければいけない。
そんなことをしたら、いくらお忍びでもカリンドア大臣に気付かれてしまうだろう。
かといって、いくらなんでもテルクと皇女がこっそり今日という日を示し合わせていたというのはもっと考えにくい。
だからユーリは、これは単なる偶然だ、と考えるのだ。
強いて言うなら、神のお引き合わせだろう。
『黒い森に最も近い村、ワゴウ村に行ってみてから考える』
シャノンはユーリの手にそう伝えてきた。
ユーリがシャノンのその言葉を伝えると、ミクリー皇女は少し困ったような表情を見せた。
『なんで?』
ユーリはシャノンに理由を訊いた。
どう考えても、魔獣退治はカリンドアの手先として都合よく使われることになるだけではないか。
国王も皇女も望んでいないとなればなおのこと・・・。
しかしシャノンから返ってきたのは、次の言葉だった。
『もし魔獣が村を襲うようになったら、どうするのか? これまでに襲われたことはないのか?』
ユーリがその言葉をそのままミクリー皇女に伝えると、皇女は見た目にも驚き、それからやや恥ずかしそうに哀しげな顔をした。
「それは・・・存じ上げません。村が襲われたことがあるかどうかまでは・・・」
それからややあって、伏し目がちに小さくつぶやくように言った。
「だめですね、わたし・・・。こんな格好していても、結局、辺境の村の住民のことなんて何も知らない・・・ただの王宮の住人なんですね・・・。」
碧色の瞳が潤んでいる。
ユーリは慌てて、シャノンにその様子を伝えた。
すぐにシャノンから皇女に伝えてほしいと、言葉を送ってきた。
『人は生まれ落ちた運命から逃れることはできない。』
続けて次の指文字も伝えてくる。
ユーリはそれを音声にして皇女に伝えた。
『俺は目も見えなければ耳も聞こえない。その代わり、俺には優れた皮膚感覚と嗅覚がある。あなたは王都から軽々しく出る自由がない。でも、代わりに人々を救えるほどの権力がある。』
ミクリー皇女は顔を上げて、その碧色の瞳でシャノンの白濁した瞳を見つめた。
声に出して伝えているユーリの眼差しも、この店の空間のように包み込むような優しさをたたえている。
テルクは一瞬、街の喧騒が消えたような錯覚を覚えた。
『俺は俺のできることをする。あなたはあなたのできることをすればいい。』