23 ウリル大臣の懸念
「森に入った冒険者が帰ってこない、というのはお聞きになっていらっしゃるでしょう? 何者も、魔獣と遭遇して無事ではいられないのです。」
ユーリは大臣の言葉をシャノンに伝えながら、少し眉間に皺を寄せた。
「いえ、これはスリーセンス殿を侮ってのことでは決してありません。」
ウリル大臣はすぐにそう続けた。
「危険だから、ということではなく、スリーセンス殿なれば魔獣を退治できてしまうだろうと思うからです。」
え?
と、ユーリの眉がひらく。
どういうことだろう?
魔獣が退治されてしまえば、ウリル大臣にとって都合の悪いことでもあるんだろうか?
『表情を殺せ。』
とシャノンからユーリの手に助言がきた。
この魔獣退治の冒険者募集は、実質はカリンドア大臣の差配とはいえ、王名で出された正式な国家事業である。
それに、いち大臣が異を唱えるとは——。それも、こんな形で内密に・・・。
シャノンが最初に読んだとおり、王宮内で微妙な政治的駆け引きがあるらしい。
ウリル大臣は、カリンドア大臣に王名を冠した事業を失敗させようと企んでいるのだろうか?
ユーリはいかなる表情も顔に出ないように気をつけた。
「いや、ご不審はごもっともです。」
その無表情の意味をウリル大臣は読んだようだった。
「我が国は・・・」
とウリル大臣は表情をくつろげた。
「北に峻険な山脈を背負い、西に黒い森を抱え、ナーガ川に注ぐ大小の河川は肥沃な大地の恵みを与えてくれています。西の大国との交通はナーガ川の往来以外にはありません。」
話を一転させて、王国の地理を話し始める。
「西の大国トランシディアは軍隊も強く野心もある国ですが、黒い森が我が国との間にあるおかげで陸続きに攻め込むことができません。それが、ある意味我が国の平和を守っております。我が国のささやかな軍事力は、ナーガ川の防衛にだけ気を配っていればいいのですから。」
「もし、魔獣が退治されて黒い森が開発されてしまえば・・・。たしかに東西の経済交流は今よりも活発になるでしょう。しかし、同時にそれはトランシディアが攻め込みやすくなる、ということでもあります。」
『なぜ王にそう進言しないのです? そもそもそれは環境大臣の考えることなのですか?』
シャノンの質問を、ユーリはそのままウリル大臣に伝えた。
「おっしゃるとおりです。しかし今カリンドア大臣の権勢は飛ぶ鳥を落とす勢い。防衛大臣も同様の懸念を持ってはいますが、なにぶん彼はカリンドア大臣の推薦で大臣になってからまだ日が浅い。言えないのです。」
「それに・・・。環境大臣として申しますなら、そもそも森はそこに棲む野生動物のものです。それを我々人間が切り開いて農地を増やしていったのです。
ゲルドグなどの野生動物が畑を荒らしたり人を襲うようになったのは、元はといえば我々が彼らの棲む場所に侵入していったからです。
西の森の魔獣がゲルドグなのか、それとも未知の何かなのかは、誰も戻ってこないのでわかりませんが・・・。」
『魔獣はどのくらいの数が生息しているのかもわかりませんか? 他にどんなことでも魔獣に関する情報があれば教えてもらえませんか?』
シャノンの質問を、ユーリは声にして大臣に伝える。
ウリル大臣は申し訳なさそうに首を振った。
「何もわかりません。一度、冒険者を募って調査隊を出したことはありましたが、誰も帰ってきませんでした。それ以来、森に人を送ったことはありません。」
それからウリル大臣は、少しすがるような目でユーリを見た。
「やはり・・・、ご辞退いただくわけにはまいりませんか?」
ユーリはそれをそのままシャノンに伝えた。
ついでに『すがるような目』とも付け加えた。
『お話は伺っておきます。しかし、逃げ出せばスリーセンスの名に傷がつく。』
帰り道、ユーリはシャノンに訊いてみた。
『行くの?』
シャノンの指は何も返さない。
『シャノンが名前にこだわるとは思わなかったな。』
『一応、あの場はああ言っておいた。』
しばらく歩いたあと、シャノンはユーリの手にこんなふうに伝えてきた。
『まだ王宮内の利害関係がわからない。もっと情報が欲しい。王宮のことも、魔獣のことも。』