22 王宮にて
「これはこれは、スリーセンスどの! お待ち申し上げておりましたぞ。」
カリンドア大臣は大仰に両手を広げて入り口から歩いてきた。
でっぷり肥った腹の肉が、ゆっさゆっさと揺れている。
(待ったのはこっちだけどね。)とユーリは密かに思う。
青の刻と言ったくせに、ユーリたちはすでにこの「面会の間」で1時間近く待たされているのだ。
『口元が卑しい肥った50代くらいの男だ。腹の肉は肉屋に売るほどある。』
ユーリはカリンドア大臣の印象について、簡潔にシャノンに伝える。
『絶対霜降りだな。高値がつきそうだ。』
シャノンが返してきて、ユーリは思わず笑いそうになる。
これはちょうどいい。営業スマイルが作りやすい。
なにしろさんざん待たされて2人とも不機嫌になっているのだ。
「名にしおうスリーセンスどのにお会いできて光栄ですぞ。」
嘘だ——とユーリは思っている。
本当にそんな気持ちがあるのなら1時間も待たせたりはしないし、詫びのひと言くらいは言うだろう。
所詮は「下郎」としか思っていない証拠だ。
大臣は最初に大臣室に招き入れ、森を切り拓いた一大娯楽施設の模型を見せた。
見せた、と言ってもシャノンに見えるわけではない。
ユーリはその概略を、ざっとシャノンに指で伝える。
「大臣室に入る冒険者は、あなた方が最初ですわ。」
恩着せがましく言う大臣に、ユーリは営業スマイルがひきつらないよう努力している。
「華奢にできた模型でしてな。スリーセンスどのに触っていただけないのが残念ですわ。」
その言い草自体、かなり無礼だ。とユーリは思うが、シャノンがすかさず指で送ってきた。
『不快を悟られるな。』
もちろん、ユーリは営業スマイルを崩さない。ここは仮面をかぶり通すところだ。
カリンドア大臣の要件は、ひどく単純なものだった。
この計画を自分の一生の政治的レガシーにしたい。しかし西の黒い森に魔獣がいる限り、この開発は不可能だ。
是非ともスリーセンスどのの力で魔獣を退治てほしい。
どうやら、これまでに西の黒い森に入っていった冒険者は、1人も帰ってきていないようだった。
ゲルドグ退治数ダントツ1位のスリーセンスが最後の頼み、というようなニュアンスもあった。
『それにしても、冒険者が1人も帰ってこないというのは尋常な話じゃないな。』
大臣室を辞して、廊下に出たところでシャノンがユーリの手に指文字を送ってきた。
『行ったヤツ、全員喰われたってことだよね?』
ユーリがシャノンの手に返す。
シャノンはユーリの手のひらが少し湿っているように感じた。
「ご案内いたします。」
衛士が2人に寄ってきて、廊下を先導して歩き出した。
後ろにも1人いるのは、案内であるのと同時に宮殿の中だから監視の役目もあるのだろう。
もちろん、シャノンたちの武器は全て入り口の衛士に預けてある。
高くなった陽が装飾窓から色とりどりの光を床の上に落として、床のタイルをさらに幻想的な色に輝かせている。
こういうの、シャノンは一生わからないんだよな・・・。
決して同情とかいうんじゃない。
同情されるほど、彼は弱くはない。・・・・が。
ユーリはシャノンが味わえない感覚を自分だけが享受していることに、申し訳なさのようなものを感じた。
シャノンの手を握るユーリの手に少し力が入ったが、シャノンは勘違いした。
どうやらそれをユーリの怯えと受け取ったようだ。
『やめておくか?』
『ここまで来て、それはないでしょ。』
『どういう敵なのか、もう少し情報が欲しいな。』
「こちらへどうぞ。」
いくつかの角を曲がった先の部屋の扉の前で先導する衛士が低く言い、重々しい扉を開けて軽く頭を垂れた。
ドアの脇の壁に「せせらぎの間」と書かれた焼き物のプレートが埋め込んである。
ユーリたちが中に入ると、部屋の中央に恰幅のいい男1人と昨日宿に来た補佐官が立って待っていた。
衛士2人も中に入ってしまって扉を閉める。
割に小ぢんまりとした部屋だ。
装飾は青が主体の落ち着いたものである。
「お待ちしておりました。環境大臣を努めておりますウリル・コチップでございます。」
親しげな笑顔で近づいてきて、胸の前で手を合わせて軽く敬愛の礼をした。
ユーリはそれらをいちいちシャノンに伝え、そして2人も同様の礼をする。
「ご高名は聞き及んでおります。」
物腰にちゃんと敬意が感じられる。
ユーリはそれも含めてシャノンに伝えた。
「実は今日、このようにして密かにお会いしたかったのは・・・」
ウリル大臣は、そう言ってから少し言葉を切った。
言葉を探しているように視線を少しだけ宙に彷徨わせる。
「いや・・・、こんなことを言うと、戸惑われるかもしれませんが・・・」
それから、ウリル大臣は意を決したような眼差しをユーリに向けてきた。
「スリーセンス殿には、この魔獣退治を辞退していただきたいのです。」