20 テルクの休日(前編)
『どうも、厄介な政治的駆け引きがあるようだな。』
補佐官が帰った後、シャノンがユーリに指で伝えてきた。
『めんどくさそうだね。変なことに巻き込まれなきゃいいけど。』
ユーリもシャノンに返す。
『用心深くいこう。』
「すごいっすね! やっぱり師匠たち、すごいっす! 補佐官が直々に来るなんて!」
テルクがひとり盛り上がっている。
「テルク。『お前は王宮に行かず、宿で待ってろ』とシャノンが言ってる。」
「え? ど、ど、どうして?」
「シャノンの見立てでは、どうも王宮内でややこしい政治的駆け引きがあるようだ。おかしな立場に置かれる危険もある。わずかな表情やひと言が致命傷になることもあり得る。おまえにはまだ無理だ。」
いつも通り、ユーリから会話内容を翻訳されているのだろう。シャノンも見えない目で頷いている。
「ぼ・・・ぼ、ぼ、ぼ・・・」
「ぼくは大人しく待ってなさい。」
「はい・・・。」
* * *
翌朝、カリンドア国土経営大臣の使者という人が来て、「本日午前、青の刻。大臣室にて面会が許可された」ということだけを伝えて帰っていった。
許可された——もないもんだろう。とテルクは思う。
スリーセンスに会いたいと言ってきたのは、そっちでしょ?
『偉そうなヤツみたいだな。』
「わたしは好きくないタイプ。」
ひと言だけモンクを残して、師匠2人は時間に遅れないよう宿を出ていった。
ぽつ——————ん・・・・
まあ・・・
仕方ないよね・・・。
ぼく、いろいろ隠すのヘタだし・・・。ついついおしゃべりしちゃうし・・・。ひと言が致命傷なんて世界、絶対ムリだもんなぁー。
・・・・でも・・・王宮の中も見てみたかったなぁ・・・。
「街の見物でもしよ。せっかく王都まで来たんだもんね。」
独り言を言いながらテルクは宿の外に出た。
「高いなぁ——。あんなに高く、どうやって煉瓦積み上げたんだろ?」
あんぐりと口を開けたままで、背の高い煉瓦積みの建物を眺めて歩く。
建物の向こうに王宮の尖塔が見える。
「あんな高い塔のてっぺんに誰が旗を付けたんだろ?」
どうもこの少年は、黙っている、ということが難しいらしい。思ったことがみな口に出ているようだ。
どん!
とおなかに衝撃があって、テルクの視線が地上に戻った。
小さな女の子が籐で編んだカゴを抱えて尻もちをついていた。
リンナの実がカゴからこぼれて、コロコロとそのあたりに転がっている。
「ごっ、ごめんなさい!」
女の子が言って、慌てて実を拾い始めた。
「こ、こっちこそごめんなさい! 上ばっかり見てて、下見てなかった。」
テルクも慌てて散らばったリンナの実を拾い集める。
鶏卵より少し大きいこの地味な色の木の実は、安くて手軽に食べられる庶民の食糧の1つで、安い割にはほのかに甘味もあって、テルクも子どもの頃よく食べた実だ。
一生懸命に拾うテルクの腰を見て、女の子は一瞬手を止めて目を見開いた。
その腰のベルトに下がっている剣は・・・。その柄の紋様は——。
冒険者!?
この人、冒険者なの?
冒険者なんてみんな、荒くれた怖いおじさんばかりだと思っていたのに・・・。
こんなに若いお兄さんで、こんなに優しい・・・冒険者?
「本当にごめんなさい。ちゃんと前見てなかった。全部ある?」
「あ、うん。大丈夫・・・だと思う。アユンこそ、前見てなくて。」
「アユンちゃんって言うんだ。気をつけてね。」
「うん! お兄ちゃん、ありがとう。」
カゴを抱えてトコトコ歩いてゆく女の子を見送りながら、テルクは、あれは前を見てなかったというよりカゴで前が見えてないんじゃないか? と思った。
まだカゴを頭に上手く乗せられないんだろう。
そう思ったらすぐに、テルクは女の子を追いかけて歩き出している。
「アユンちゃん、持ってあげるよ。これじゃ前が見えないだろ。」
「あ、え?」
ひょいとカゴを持ち上げる。
「こ・・・これは、アユンのお使いだから!」
女の子はカゴをつかもうとする。
「ああ、そうか。ぼくが全部持っちゃいけないんだ。じゃあ・・・」
とテルクはカゴを女の子の頭に乗せた。
「これなら前が見えるし、少し軽いだろ?」
女の子は手でカゴを支えようとするが、カゴの縁に手が届かない。
「なるほどぉ。頭に乗せると手が届かないから抱えてたのかぁ。」
アユンは顔を真っ赤にして、ぶう、とむくれた。
「すぐに大きくなって届くようになるもん!」
「じゃあ、今回はぶつかっちゃったお詫びにぼくがカゴの縁を持っててあげるよ。」
そう言いながら、テルクはちょっとだけカゴを持ち上げるようにして重量を軽くしている。
「ほんとだ、お兄ちゃん。頭に乗っけると軽いんだね。」
アユンの家はそんなに遠くはなかった。
王都の他の家と同じように煉瓦造りの小さな家で、隣の家とくっついている。
アユンは足の悪いお婆さんと2人暮らしで、買い物や水汲みは主にアユンの仕事のようだった。
「まあまあ。冒険者さんともあろうお方にこんなことまでさせてしまって。」
お婆さんはアユンから経緯を聞いて恐縮し、高価なシゲの燻製を渡そうとしたが、テルクは固辞した。
この家庭、裕福そうには見えない。
「ぼくがぶつかったのがいけないんですから。」
「でも・・・」
「あの・・・、もしよかったらですが・・・。」
テルクはカゴの中のリンナの実を1つ手に取った。
「これもらってもいいですか? 子どもの頃よく食べてたんで、懐かしいんです。」
通りに出てから、テルクは皮も剥かずにリンナの実に豪快にかぶりついた。
「うん。この味だ。懐かしいなぁ。」
口をもぐもぐさせながら、また王宮の尖塔を眺める。
「あんな高いところに、むぐ・・・どうやって旗付けたんだろ?」
思ったことが、みな口から漏れ出している。
「冒険者さん。」
背後で声がしたが、テルクは気がついていない。
「ねえ、冒険者さん。」
もう一度まろやかな声が聞こえてようやくテルクは気がつき、後ろをふり返った。
そして、まだリンナが口の中に残っているまま、ポカンと口を開けた。
そこに立っていたのは、とんでもない美人だった。