18 峠道の戦い
話は2日ほど前に戻る。
「今日は発つのはおやめになって、2〜3日様子をみられた方が・・・」
宿の主人はそう言って、あと2日ほどの滞在延長を勧めてきた。
笑顔の中に欲が少し透けて見えるのは、まあ致し方あるまい。
宿屋としては長く滞在してもらった方が身入りが増えるのだから——。
王都への街道は、先日降った大雨の影響もあってひどくぬかるんでいた。
おそらく、この先の湿地帯のところは抜けるのに難渋するだろうことも容易に想像できた。
しかし、シャノンはユーリの手に伝えてきた。
『出よう。山越えの近道を通ればいい。』
ユーリも賛成した。
実際、そんなに路銀を使うわけにもいかない。
物価の高い王都にも何日もとどまらなければならないはずなのだ。
いくら招待されているとはいえ、たかが冒険者の分際。大臣に目通りの手続きが済むまでの間、何日か待たねばならないだろうことは想像がつく。
ユーリはその旨、宿の主人に伝えた。
「峠道はおやめになった方が・・・。あのあたりには最近、よからぬ連中が出没するという噂が・・・。」
ユーリが宿の主人の言葉を指で伝えると、シャノンが鼻からふっと息を吐いて笑った。
『ついでに懲らしめていくか?』
『そうね。このところゲルドグばっかり相手にしてたもんね。』
ユーリは宿賃の銀貨を渡しながら、宿の主人に笑顔を見せた。
「わたしたちは冒険者ですよ?」
「そうですよ。しかもこの人たちは、スリーセンスですよ!」
テルクが胸を張って自慢そうに言う。・・・いや、他慢か?
「け・・・けっこうキツいっすね。師匠・・・。」
上り坂で、テルクが息を切らしながらユーリに話しかけた。
そう言いながら、さっきからしゃべるのをやめようとはしない。
「おしゃべりをやめれば、その分のエネルギーを足に回せるぞ?」
「あははぁ。ぼくはしゃべってた方がエネルギーが出るんですぅ。うっわー! すっげぇ眺めぇ!」
なんなんだろうね、こいつ?
やがて少し開けた平らな場所に出て、テルクが大袈裟に「ふい〜〜!」と息をついた時、彼らの前後にばらばらと20人前後の男たちが現れた。
全員が抜き身の剣を持っている。
「悪いな。旅人さんたち。」
「ここを通るには、少しばかり通行税がいるんだ。」
「その袋。金貨銀貨だろう? それ全部で、無事通してあげるよ?」
『出たな。20人くらいか?』
シャノンがユーリの手のひらに伝えてくる。
地面のわずかな振動と臭いで敵の人数を把握する。
それはおそらく、この地上ではシャノンにしかできないことだろう。
『さすが。前に12人、後ろに9人だ。』
『テルクを下がらせろ。』
「テルク。後ろに下がれ。」
ユーリがそう言うと、テルクは露骨に不満そうな顔をした。
「ぼくも一緒に戦います。師匠!」
「そうじゃない。後ろに離れろと言うんだ。おまえが近くにいると、お前の足が地を踏む響きと敵の足の響きの区別がシャノンにつかなくなる。シャノンの動きが鈍るから離れろと言うんだ。」
「わかりました! 師匠!」
「後ろの9人を任せる。できるな?」
「ラッジャー!」
元気よくそう答えてから、テルクはふと立ち止まってふり返った。
「あ! そうだ! いいこと思いつきました。ぼくは右足だけをこんなふうに2度踏みますから、それで師匠はぼくを見分けてください!」
テルクはそう言って、トトン、と右足を踏み鳴らして見せた。
それから、右足だけを、トトン、トトン、と踏みながら、後ろへと走ってゆく。
「さあ、おまえら! こっちはぼくが相手だ!」
* * *
『器用なやつだな』
状況をユーリから伝えられたシャノンが、ユーリの手のひらに返した。
『右だけ2度踏んでるのに、動きのバランスが崩れてない。おかげで分かりやすい。』
こちらが戦闘体制をとったことで、山賊どもも緊張したようだ。
汗の臭いが濃くなる。
『殺すまでは必要ない。素人の足捌きだ。適当に痛い目に合わせてやろう』
『だね。テルクにも伝える?』
ユーリも余裕で伝えてくる。
『いや、あいつの好きなようにやらせよう。』
『指斬りをやる。』
とユーリが手のひらに伝えてきた。
『ならば俺が間合いをとる。攻撃は任せた。』
『オーケー。』
いつものように手をとり、合図を送り合いながら連携して動く。
慣れ親しんだユーリの足は分かる。
テルクの2度踏みも分かりやすい。
その他の振動は、すべて敵のものだ。
これだけ人数がいると1人1人を区別するのは難しいが、臭いと風の変化を合わせれば、最も近い2〜3人の動きは把握できる。
攻撃はユーリの仕事。
俺の剣は間合いを作る。
人は顔を攻撃されると一瞬、足が前に出ず動きが止まる。
それがこちらの間合いを作る。
シャノンは最も近い敵の顔面あたりを狙って、剣の舞を舞った。
顎や鼻が剣先で切られるくらいは勘弁しろ。
そこまでは気を遣ってやれん。
それよりむしろ、ユーリの攻撃の方が酷いぞ?
こいつらはここで俺たちに出会ったことを後悔するだろう。
* * *
「な・・・なんだ? こいつら?」
手をつないだ若い男女が優雅な舞いでも舞うように剣を振り始めると、瞬く間に数人の剣が弾き飛ばされ、宙に舞った。
いや・・・
弾き飛ばされたのではない。
女の剣が山賊の男たちの指だけを斬ってゆくのだ。
荒くれた男たちが振り回す剣の、柄を握る親指だけを、とん、とん、と斬ってゆくのだ。
恐るべき技と言うしかない。
手をつないだ2人の流れるような動きは思わず見惚れてしまうほどで、舞いという言葉が最も似合う。
女は笑みさえ浮かべている。
指を斬られた男たちは、手を押さえて喚いている。
これでもう、二度と剣は握れない。
この稼業を続けることもできまい。
「なるほどぉ! そうやるんスか、師匠。」
後方で明るい声がしたと思うと、トトン、トトン、という右足の踏み込みと共に、数本の剣が宙に舞った。
なんだと!?
ユーリは驚愕した。
この指斬りの技は、どれほど稽古を重ねて習得したと思ってるんだ!?
それを・・・。
一度見ただけで同じようにやって見せただと?
テルク! おまえ、何者だよ?
山賊たちが恐怖の表情を見せて後退った。
そこで、テルクが大声を張り上げる。
「見ろ! 見ろ! このエンブレムが目に入らぬかぁ! このお2人を誰だと思うのかぁ! スリーセンス様だぞ! お前らごときに敵うとでも思ってるのかぁ!」
掲げているのは、あの白いダンゴだ。
ユーリは呆れて動きが止まった。
『どうした?』
シャノンが手のひらに問うてくる。
ユーリは状況を簡潔に説明した。
シャノンが、ぶっと吹き出した。
「スリ・・・・」
「スリーセンス・・・?」
「こ・・・これが?」
山賊たちは、もはやプライドも何もかなぐり捨ててわらわらと逃げ出した。
「おまえな・・・」
山賊がいなくなった後、ユーリは完全に呆れ顔でテルクに言った。
「あれはおまえのエンブレムで、わたしらのじゃないだろ・・・。」
「だってあいつら、本物のスリーセンスは知らないわけでしょ? 知らないから襲ってきたわけですよね? だったら、あれだけ強さを見せた後なら、ああ言えば残りは逃げ出すと思ったんです。どうせエンブレムだって見たことないんだろうし。」
明るくドヤ顔で言う。
そうかもしれないけど・・・。
スリーセンスのエンブレムがダンゴだと思われちゃったじゃないか。(;Д;)
そんなユーリの手のひらに、シャノンが『伝えろ』とテルクへの言葉を伝えてきた。
『見事な武略だ。』
テルクが顔を真っ赤にして、嬉しそうに目に涙を浮かべた。