17 王都
王都ナーガクーテは巨大な城塞都市だ。
気の遠くなるような長さの高い城壁で囲まれた堅固な都市で、城壁の上は幅5mもある城壁道路となっていて、常に衛兵が見回っている。
この城壁は、むろんゲルドグを防ぐためのものだ。
王国は北に峻険な山脈を控え、南には大河ナーガ川が流れ、山脈の麓から西にかけてはゲルドグの生息する広大な黒い森が広がっている。
東には小国しかなく、王国が他国の兵に侵略されるような危険はほぼなかった。
ナーガ王国の脅威はゲルドグだけ、と言ってもいいのである。
城壁の外側にもいくつかの集落はあるが、それらもそれぞれにささやかな防護壁を築いて肩を寄せ合うようにして暮らしている。
あとは、農地と湿地と岩場と、そしてゲルドグがいない小さな森が点在するだけである。
そんな環境が、ナーガ王国に一見のどかな風景を生み出し、意外にも他国からの観光客も多い。
東は貧しい国ばかりだ。
お金を落としてゆく西からの金持ちたちは、ナーガ川を船で上ってくる。
王国としては、この川の防衛だけに気を遣っていれば平和を保つことができた。
そして、重要な収入源の1つでもある彼ら観光客を守るためにも、ゲルドグを狩る冒険者の制度は必要なのだった。
「でっけー!」
テルクが馬鹿みたいに口を開けて城壁を見上げる。
この子は・・・・。
いい年して、小さな子どもみたいだな——とユーリは可笑しくなった。
テルクは時に驚くような働きを見せる一方、普段はまるで幼児のような無邪気さを見せるところもあり、これでよく世の中16年も生きてこられたな、とユーリは思う。
シャノンと手を使ってその話をしてみたら、シャノンはこんなふうに返してきた。
『才能ってのは、えてしてデコボコなものなんだ。俺だって目も見えなきゃ耳も聞こえないけど、その分鼻や皮膚の感覚が研ぎ澄まされてる。』
『それに俺には・・・』と書きかけて、シャノンの指が少しはにかんだように止まった。
その続きはユーリにもわかった。
ユーリも気恥ずかしくもあり、その先の言葉を塞ぐように急いで『そだね。』とだけ返した。
王都の賑わいは、他の町とは圧倒的に違う。
数々の珍しいものが売られる市がたち、観光客らしい外国の人の姿も多い。
「うわあ! これ、これ! みてくださいよ、師匠!」
「前にも見た。」
テルクがはしゃぐのをユーリが冷ややかに突き放す。
『テルクがはしゃいでる。いろいろ珍しいらしい。』
と一応、シャノンにも状況を伝えておく。
これはユーリがシャノンの相棒になってから欠かすことなく行ってきたことだ。
あらゆる場面で、シャノンの状況判断を誤らせないためだ。
『一緒に喜んでやれよ。テルクは初めてなんだろうから。』
シャノンからユーリに指文字がくる。
ユーリが見ると、シャノンは見えない目で笑っていた。
子守りかよ?
こいつも16にもなる「冒険者」だろ?
「少しは落ち着けよ、テルク。おのぼりさんのガキみたいだぞ?」
ユーリはそう言ってみたが、テルクは気にする様子もない。
「ぼく、おのぼりさんですから。師匠たちと違って。」
あっけらかんと屈託がない。
「ガキ」のところはスルーしている。皮肉が通じないらしい。
ユーリは呆れるしかなかった。
素直、というより無防備に近い。
よくこれで・・・・
「おまえ、16年間よく無事に生きてこられたな。」
「?」
「騙されたりしなかったか?」
ユーリは本気で心配になってきた。
「大丈夫です! 出会ったのは、いい人たちばっかりでしたから!」
ああ・・・。騙されたことにも気がついてないのか・・・。
まあ、しかし・・・とユーリは思う。
金くらいはうっかり盗られても、身体に危害が及ぶようなことはなさそうだよな。
なにしろ、こいつの戦闘力はハンパない。
このあたりのユーリの思いもそのままシャノンに伝えると、シャノンからも同意の返事が帰ってきた。
『峠での活躍も、凄かったもんな。』
そう。
王都に入る前の、峠道でのテルクの戦闘力には2人とも舌を巻いたのだ。