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スリーセンス  作者: Aju
11/33

11 冒険者たち

 回収業者が動き出した。

 ダンタアナからほんの500mほど先に、頭をボロ雑巾のようにされたゲルドグが転がっている。

 その鱗の隙間に突き立てられた真っ白な三角錐。

 冒険者なら誰でも知る、スリーセンスのエンブレムだ。


 このゲルドグはスリーセンスがたおした。

 このゲルドグの全ての権利は、スリーセンスにある。


 それを高らかに宣言し、王の名において保証するのがエンブレムである。

 冒険者の名前とプライドを誇示するエンブレムは、1人1人がそれぞれ趣向を凝らして登録している。

 派手な飾りの付いたものも多い。

 そんな中で、スリーセンスのそれはあっさりし過ぎるほどあっさりした、ただの白い三角錐だった。

 それがむしろ、余計な虚飾を必要としないスリーセンスの実力を物語ってもいる。

 単純な立体になっているというのは、本人が触ってそれを確認できるということもあるのかもしれない。


 冒険者を夢見る若者たちは、誰もが一度はその白い三角錐に憧れた経験を持つだろう。

 そして、スリーセンスの戦いぶりを間近で見る機会に恵まれた者は、それがはるか遠く、手の届かない場所にあることを知る。


 今回も、ダンタアナにいた冒険者たちは幸運にも(あるいは不運にも?)その戦いの一部始終を目撃することになった。


 あのユーリという女は、森の奥からゲルドグが現れた時、派手な身振りと甲高い声でゲルドグをあえて招き寄せた。

 悲鳴とも雄叫びともつかない叫びだったが、子供の声にも似ていた。


 ここだ!

 ここに肉の柔らかい人間エサがいるぞ!


 たしかに、あのゲルドグを一撃で仕留めるには、爆裂矢を口の中に撃ち込んで頭を内側から破裂させるのがいちばん確実だろう。

 だがそれは、確実に口の中に爆裂矢を撃ち込むことができれば、の話だ。

 わずかに首を振られたりして矢が口から逸れてしまえば・・・あとはゲルドグのエサになるだけである。


 それを確実にするため、彼らは自らを生き餌にし、ゲルドグが彼らを喰おうとする直前まで引きつけるのである。

 もはや逃げ道はない。

 ギリギリの勝負だ。


 ここから見ていても、大きく開けられたゲルドグの口と彼らの距離は、ほんの4〜5mしかなかった。

 たしかにそれなら、かわされる可能性は低い。


 しかしそれは・・・、勇気と言うようなものじゃない。

 むしろ狂気と言った方がいい。


 より詳細に観察していた古い強者つわものたちは、ため息と共に首を小さく振った。


 矢を撃ち込まれたゲルドグは、口中に突然現れた痛みのために足が止まり、口を閉じて立ち上がるようにのけぞった。

 ゲルドグの頭が高い位置に離れたところで爆発が起き、頭が内側から破壊される。


 驚くべきなのは、彼らはその後もそこを動こうとしないのだ。

 ゲルドグが膝から崩れ落ちるように前のめりに倒れてきて、破壊されたその頭がスリーセンスたちの前、2〜3mのところに落ちてくる。

 それをあの2人は悠然と見ているのだ。——いや、1人は視ている訳ではないのか。


 全ては計算どおり——というわけだ。


 奴らは・・・俺たちとは次元が違う・・・。

 


 ゲルドグの肉や血、鱗や牙や爪、骨や内臓に至るまで、全ては高額で取引される()()でもある。

 賞金と合わせれば、相当な金額になる。

 一攫千金を夢見る冒険者たちが、命をかけるだけの価値はあるだろう。


『しばらく贅沢ができるね。』

 そう書き込んだユーリの手のひらに、シャノンが書き返してきた。

『ここにそう長居はしないよ。王都に行くんだから。』


 そうなのだ。

 彼らがここでゲルドグ退治をしたのは、王都への旅の途中の()()()でしかないのだ。


 雨の中を手をつないで戻ってきたスリーセンスの2人は、ポーチでレインケープを脱いでその雫をはらった。


 畏敬の表情で見守る他の冒険者たちに、ユーリは雲間の太陽みたいな笑顔を見せる。

 その空気を察したのか、シャノンはまっすぐ前を向いたまま、つないでいない方の片手を上げて口元に微笑を浮かべた。

 これがシャノンなりの愛想なのだろう。


 誰からともなく拍手が起こった。

 もちろん、シャノンには聞こえていない。


 カウンターから出てきた店のオーナーのアタが、ゆっくりとした拍手をしながらユーリに話しかけた。

「相変わらずですね。あなた方がここに泊まっている間は、本当に安心して眠ることができます。今夜の肉料理は私からのささやかなプレゼントとさせてください。」


「ありがとう。でもそれは1人前だけでいいわ。シャノンはゲルドグの肉があまり好みじゃないのよ。」

 事実、シャノンはその肉のにおいがあまり好きではなかった。

 たぶん、ゲルドグ特有の臭いが(食通にはそれがたまらないらしいのだが)母親の死の記憶と結びついてしまっているからなのだろう、とユーリは推測している。

 もう、ずいぶん昔のことなのだが・・・。


「存じております。シャノン様には2年もののアスネモ酒をご用意いたしますよ。」


 アタの言葉をユーリがシャノンの手に伝えると、シャノンは嬉しそうに子どもみたいな笑顔を見せた。

 とてもじゃないが、今しがた凶暴なゲルドグを斃してきた歴戦の勇者とも思えない。



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