96、飾らない素顔のアルベルト、闇の国王
「アルベルト、これって……」
私の頭の中は、真っ白になってしまった。
今日、あれから考えたことを、私に明かしてくれるとは思っていた。だけど、まさか、いきなり突然こんな……。
嬉しい気持ちと怒りたい気持ちが混ざり合って、それ以上、何も言葉が出てこない。
プロポーズなら、こんな寒い場所でカードを渡すなんて、あまりにもだと思ってしまう。だけど、そもそも婚約者だから、今さらプロポーズなんてしないよね。
この世界の貴族は、親が勝手に結婚相手を決める。だから、プロポーズを素敵に演出する習慣もない。
「レイラ様、申し訳ありません」
「な、なぜ急に謝ってるの?」
(カードは嘘だとか?)
アルベルトは私に近寄ると、なぜか突然、私を抱き寄せた。
「レイラ様の顔を見ていると、ちゃんと話ができる気がしなくて……。このままお話をしても構いませんか」
「えっ? ええ」
アルベルトは、羽織っていたコートの中に私を閉じ込めた。彼の胸元に私の顔がうずまる。
(あたたかい)
私がワンピースだけで来たから、コートで包んでくれたのかも。私は薬草臭くないかしら。
心臓の音がうるさい。
だけど、彼にくっついているから、アルベルトの心臓の音も、すっごく聞こえる。
「私は、レイラ様を見つけたとき、頭が真っ白になってしまいました。考えていた段取りも、すべて自分でぶち壊してしまった。貴女に大切なことを報告して、その上で、先程のカードを渡そうと考えていたのです。そのために、ノース領中心街の店も予約していたのですが……」
「えっ? そんなに緊張してるの?」
「まさか自分が、いきなりカードを渡してしまうとは思いませんでした。もう、ぶっちゃけてしまいますが、精霊『氷花』様から、貴女がいた前世の話を聞きました。男は皆、女性をキュンキュンさせる義務があると教えてもらいました」
「それって、乙女ゲーム……あー、えっと、フローラさんが主人公の物語のこと?」
「貴女がいた異世界での常識だと教わりました。いろいろなパターンを聞き、カードをサプライズとして使おうと考え、練習も……はぁ、すみません。ダメだな、俺は……」
(俺って言った!)
アルベルトの顔は見えない。彼は、顔を見られたくないから、私をコートの中に閉じ込めているのね。
(ふふっ、全然ちがうわね)
あの物語で描かれていたアルベルトは、とても穏やかな大人だった。ストーリーの終わりの方には、甘いセリフを連発してたっけ。
だけど、今ここにいる彼は、考えていた段取りを失敗して、顔を見られたくなくて私を抱きしめている。
これが、飾らない本当のアルベルトなのね。
たぶん今、すっごく焦っているのだと思う。無言になってしまったのが何よりの証拠。
(あぁ、そうだったわ)
私が前世の記憶を取り戻す前は、彼との関係は険悪な状態だった。時折見せる彼の弱々しい表情に、私は無意識に苛立ちを感じていたのかも。
アルベルトには、気の弱い面がある。たぶん幼児期の記憶を失っていることや、ノース家に養子に入ったことも影響しているのだと思う。
そういう弱さを、15歳までの私は感じ取って、あんなにイラついていたのかもしれない。ハワルド家の婿には、気の弱い……いえ、優しすぎる男は、ふさわしくないもの。
私は、やっと、アルベルトのことを理解できたと感じた。乙女ゲームは、やっぱりゲームね。アルベルトの表面的な部分しか描いていない。
そして今、失敗して落ち込んでいる彼を、愛おしいと感じる。推しのアルベルトじゃなくて、今ここにいるアルベルトがとても愛おしい。
湖の精霊から乙女ゲームの話を聞き、そういうキャラを演じようと練習までしたのかな。
でも湖の精霊は、彼の幼い記憶から生まれているから、ある意味、幼い自分と相談したってことにもなる。
『レイラ、何か言ってあげて。雪粒花、気になるっ』
小さな精霊が、私の耳元で、ブンブン飛び回っている。この子は、ポロくん達の記憶から生まれたのよね。やっぱり、優しいわね。
「アルベルト、名前に、ハインというミドルネームが入ったのね」
「あ、はい。そうなんです」
彼は、まだ顔を見せようとしない。私は強引に、彼のコートから抜け出した。
(寒いわ)
草が生えている場所からは出てないけど、こんなに寒かったのね。いえ、アルベルトがあたたかいんだ。
「ちゃんと顔を見せてよ」
「は、はい。すみません……」
(ん? 何か変ね)
アルベルトの目の逸らし方が、まるで湖の精霊みたい。
「アルベルト、なんだか氷花ちゃんに似てきてない?」
私がそう指摘すると、彼は目を見開いた。そして、ふわっと微笑んだ彼は、もういつものアルベルトだった。
「実は、夏の終わり頃に、幼い頃の記憶が戻ったんです。あの手紙を書いていた父の姿も、私は近くで見ていたようです」
「えっ? そう、なんだ。じゃあ、王家に戻るのね。でもそれなら、なぜあのカード……」
「戻りませんよ。私はノース家を継ぎますし、ハワルド家の一員として、王家に仕えることにしました」
(情報が多すぎる)
「ちょっと待って。どういうこと? ノース家を継ぐのに、ハワルド家の一員って……」
そう尋ねると、アルベルトは、また私を捕まえようとした。だけど当然、さらりとかわす。顔を見て話すんだからね。
「また失敗しました。はぁ、カッコ悪いな、俺」
「アルベルトがカッコ悪いのは、前から知っているわ。いまさら、何を隠そうとしてるの? 無駄よ」
「あはは、レイラ様には敵いませんね。順番も段取りも、ぐちゃぐちゃになってしまいました。結論から申し上げると、すべて片付きました」
「すべてって?」
「あれからすぐに、ノース家の血縁者を、養父と一緒に訪ねて回りました。養父が数年前から眠れない病にかかっていて、死期が近いと噂されていましたから、それを打ち消す意図もあります」
「神が憑依したからね」
「はい。養父は、私の母がマザーであることを明かし、父がマザーとは婚姻関係を結ぶことができない地位の方だと話しました」
「だから、ノース家の養子にしたと?」
「養父は、レイラ様の話を聞くまでは、私の両親のことを知らなかったわけですが、血縁者は、そう解釈したようです。養父の側近の者達の私への態度から、それ以上の説明も不要だったのでしょう」
「反対する人も、黙ったのね」
「はい。孤児院への嫌がらせをしていた者達は、先日、王家によって処罰されたようです」
「えっ? 王家が動いたの?」
「はい。レイラ様が施設を作られ、多くの貴族の子息が集まっていることもあって、動かざるを得ない状態だったのかもしれませんね」
「ということは、アルベルトは王家の人達と会ったってこと? だよね? じゃないと、あのミドルネームは使えないわ」
(ちょっと待って)
なぜ、アルベルトは私と結婚できるの? 王族の血を濃く受け継ぐ者が、暗殺貴族に婿入りはできないわ。
「はい。幼い頃の記憶が戻ってから、国王に謁見し、数日間滞在しました。そして私の意思を伝えました。私の婚約者がハワルド家の令嬢だとわかると、国王は私の意思をすべて尊重すると言ってくれました」
「アルベルトの意思?」
「ええ、私は王家に戻る気はないと伝えました。ハワルド家の一員として、国王を支えると。すると国王は、いえ姉は、私に、父が使っていた名を与えてくれました。姉弟の繋がりを明らかにするために、姉も使っているハインの名を。国を統治する者だけが使う名です。私は、ハワルド家の一員として、国の悪しき者を統治することになりました」
「えっ? じゃあ、アルベルトは闇の国王になったの?」
「ふふっ、それ、カッコいいですね」
そういうとアルベルトは、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、私を腕の中に捕まえた。そして……。
私達は、互いに引き寄せられるように、そっと唇を重ねあわせた。
皆様、いつもありがとうございます♪
明日、日曜はお休みをいただき、次回、最終話は、9月9日(月)に更新を予定しています。
よろしくお願いします。




