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95、不器用なアルベルト

「さ、寒い! 寒いわっ!」


(思わず、叫んでしまった)


 私の声は、キンキンに冷えた空気と凍った湖に反響したのか、辺りに響いて聞こえた。



 卒業式の翌朝、私は、スノウ領側の湖岸を歩いていた。アルベルトからのあの手紙では、何時にどこに行けばいいのかわからない。


 私は、初冬のスノウ領側がこんなに寒いのを忘れていた。ノース領側に来るような服で来てしまって、今とても後悔している。


(少し違うわね)


 久しぶりにアルベルトと会えるのが嬉しくて、彼が以前、似合うと褒めてくれたワンピースを着てきた。


 私はとても緊張しているみたい。以前アルベルトと二人で会った日がいつかわからない。アルベルトの素性についての手紙を開封した少し後だったかしら。


 あぁ、そうだわ。一昨年の氷花祭が終わった翌日だったわね。二人で、氷の花を見つけて……。


 あのときのことは、前世の記憶よりも遠い記憶だと感じる。お別れを言わなきゃって、ずっと苦しかったっけ。


 もう二年以上経ったのね。


 アルベルトの素性のことを、施設の食堂で話して以来、彼とは、ほとんど会ってない。私も学校と屋敷と施設の往復を繰り返していたから、忙しくて、あっという間に時間が過ぎていったわ。


(今日は、きっと、返事よね?)


 精霊『純恋花』様はアルベルトに、私が卒業する頃までに、どうするかを考えなさいと命じていた。彼は、その結論を、私に話してくれるのだろう。


 こんな寒い季節に、こんな寒い場所に呼び出すなんて、やはり、私の心が凍てつくようなことなのかな。



 それに今、湖岸を歩いているけど、アルベルトが指定したのが、スノウ領側かどうかもわからない。


(でも、こっちよね、きっと)


 ノース領側なら、治療院の前とか、場所を正確に伝えてくると思った。だから私はスノウ領側に来てみたけど、自信はない。


 もしかすると、精霊が生まれるという言葉が、時間と場所を示しているのかな。でも、精霊信仰をしていない私には、何の手掛かりにもならないわ。


 スノウ領側の湖岸には、誰もいない。


 夏の氷花祭のときには、あんなに賑やかだったのに、これから雪と氷に閉ざされてしまうためか、宿屋も営業してないみたい。


(こっちじゃなかったのかも)


 戻ろうかとも思ったけど、冷たすぎる風にも慣れてきた。氷花祭のメイン会場に利用する広場までいけば、転移小屋があったかもしれない。




 しばらく歩いていくと、私は不思議な場所を見つけた。


 スノウ領側の湖は、湖岸近くは完全に凍っているのに、緑の草が生えている場所があった。そして、湯気のような白いモヤが見える。


(何かしら?)


 私は、そのモヤに吸い寄せられるように、近づいていく。


 草が生えている場所に足を踏み入れると、嘘のように寒さを感じなくなった。温泉でも沸いてるのかな。スノウ領には、広い未開の地がある。火山があるなら、温泉の源泉があってもいいはずだわ。



 地面の温度を確認してみようと、私はその場にしゃがんで、手をかざしてみた。


(あっ! えっ?)


 私の手から、淡い光が放たれた。私は何かをしたつもりはない。この光って、精霊『純恋花』様の?


 それは、一瞬の出来事だった。


 私が放つ淡い光に呼応するように、地面から強い光が空へと放たれた。その直後、私の目の前には、緑色の花束を持つ10センチくらいの性別不明な精霊が浮かんでいた。



「あっ、精霊さま、ですよね?」


『ん? あれ? キミは誰? ジュレカ姫じゃないの?』


 その声は、幼い少年のようだった。必死にキョロキョロして、精霊『純恋花』様の姿を捜しているみたい。近くに居ないとわかると、精霊の目には涙が溜まってきた。


(あれ? この感じ……)


「私は、レイラよ。ジュレカ姫から、能力の一部を預かっている人間なの」


『よかったぁ! ボク、また消えちゃうのかと思った。寒い朝に生まれたら消えないよって、言われたんだ』


 ニッコニコな笑顔を見せる小さな精霊。この子と話していると、ポロくんの顔が頭に浮かんだ。ポロくんだけじゃない。孤児院にいる記憶を失った子達の顔が次々と浮かんでくる。



「精霊さんは、名前はあるの?」


『まだ無いよ。名前がないとすぐに消えちゃうから、ボクの名前を教えてよっ』


(えっ……知らないんだけど、どうしよう)


「手に持っている花は、何かな?」


『ん? まだ名前が無いよ。咲いてないでしょ。ボクの名前を教えてよ』


「考えるから、ちょっと待ってね」


『うんっ、いいよ』


(どうしよう……)


 湖に視線を移しても、湖の精霊の姿はない。最近は、マザーが朝にパンを焼くようになったから、朝早くから、ノース孤児院に行っているはず。




「レイラ様が、先に見つけられましたか」


 背後から優しい声が聞こえた。私の心臓は飛び出してしまいそうなほど、ドクンと跳ねた。


「あ、アルベルト、さん。困ってるの、助けて、ください」


 私は、彼の姿が視界に入ると、いきなり変なことを言ってしまった。上手く敬語が使えない。まだ、おはようも言えてない。


「どうなさいました?」


「この子の名前、知らないですか」


(また、変なことを言っちゃった)


 アルベルトには、何のことがわからないだろう。それに、精霊の姿がない。私がさっさと名前を言わないから、消えてしまったのかも。



「レイラ様が、決められたら良いんですよ。実体化した精霊さまは、一番最初に会った者に、名前を尋ねるそうです。名付けをしないと消え去ってしまいますよ」


「えっ? もう消えちゃった、私のせい……」


「消えてませんよ。レイラ様の手のひらの上に、光が見えませんか?」


 そう言われてみると、朝日で見えにくいけど、確かに私の手から放たれた淡い光の中に、小さな精霊がいるのが見えた。


「私が付けていいの、ですか? さっき、小さな花束を持ってたけど、咲いたらスノードロップみたいな……えっ!?」


 手の中の光が強くなった。


『ボクの名前は、雪粒花ゆきんこ! かわいい白い花の名前っ!』


(今ので名付けちゃったの?)


 でもスノードロップじゃなくて、ゆきんこって言ったけど?




「レイラ様、実は、私は賭けをしていました」


 アルベルトが突然、変なことを言って、私に小さな封筒を手渡した。賭けって、何? 


 何かバカにされたのかと、私は一瞬、イラっとした。


「何よ、一体、何なの!」


 するとアルベルトは、ふわっと微笑んだ。


「やっと、いつものレイラ様ですね。よかった。私も少し緊張してしまいました」


(何よ、それ……)



 アルベルトは、私が封筒を開けるのを待っているみたい。何か、悔しいけど……。


『レイラ、早く開けて。雪粒花ゆきんこも気になるっ』


 小さな精霊が、私の目の前を飛び回って急かす。



 私は、封筒を開けた。中にはメッセージカードみたいなものが入っている。


 チラッとアルベルトに視線を移すと、彼もなんだか緊張しているように見えた。


 カードを出してみると……



 ────────────────


 レイラ様が先に見つけたら、春に


 アルベルトが先に見つけたら、夏に


 ────────────────



「これ、何?」


「裏も見てください」


 そう言われて、裏返してみると……



 ───────────────


 私と結婚してください

 ずっと貴女を愛しています


 アルベルト・ハイン・ノース


 ───────────────



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