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93、精霊『純恋花』がとどまる理由

 湖の夕方の風景画のようなデザートパイを食べ終えると、はしゃぎすぎたのか、湖の精霊は、マザーの手のひらを枕にして、スゥスゥと寝息をたてていた。


 身長30センチくらいに実体化しているけど、こびとサイズとはいえ、マザーは手がしびれないかしら。


(でも、幸せそう)


 マザーは、湖の精霊に優しい眼差しを向けている。死産だと聞かされていた赤ん坊と、重ね合わせているのかも。湖の精霊は、アルベルトの5歳までの記憶から生まれたんだもんね。



 私は、まだ精霊『純恋花』様が、ここに実体化して留まる理由を考え始めていた。


 あの手紙の件の報告は終わった。そして、皆はもう、コメディアン精霊のおかげで、落ち着きを取り戻しつつある。あの神に託されたジュレカ姫としては、もう見届けは完了したはずよね。




「さて、レイラさん。貴女の心のオモリを解決してしまいましょうか」


「へ? 私ですか?」


 変な大声を出してしまったが、湖の精霊は起きる気配はない。


「では、お代わりの紅茶をお注ぎしましょうか」


 アルベルトがそう言って立ち上がると、ノース家当主のお供の人達が慌てた。彼らはアルベルトのことを、王族として見ているみたい。


「それなら、私が」


 アーシーが立ち上がろうとしたのを、アルベルトが制した。


「アーシーさん、今まで通り、普通にしてください。ここはレイラ様の施設内です。一番偉いのは成果をあげる薬師、その次が施設の長であるマザーですから。私は、どんな生まれであろうと護衛兵ですよ」


「で、でも……」


「アーシーさん、アルベルトさんに任せる方が、美味しい紅茶が飲めるわ」


 シャーベットがそう言うと、アーシーはゆっくりと座る。アルベルトに紅茶を注いでもらうことも、これが最後になるかしら。


(苦しいけど、仕方ないわ)


 アルベルトは美しい所作で、皆のカップに紅茶のお代わりを注いでいく。



「さて、どこからお話しようかしら? 私は、レイラさんのように、順序立てて話すことは苦手なの」


 ふわっと柔らかな笑みを浮かべて、紅茶を飲む精霊『純恋花』様の素性を知るのは、私とアルベルトだけよね? シャーベットは鋭いからわかってるかも。


 そう考えていると、彼女の視線を感じた。


「そうね。まずは、そこから話しましょうか」


(何も言ってないよ?)


 精霊『純恋花』様は、妖艶な笑みを浮かべて、ふふっと笑っている。魅了されてしまいそうだわ。



「シュレー・ノースさん、アナタは数年前からずっと、精霊『氷花』に祈っていますね。その願いを一度だけ叶えましょう。そうねぇ、いえ。ええ、アナタがいいわね」


(えっ? 何?)


 ノース家当主の頭上に、数人の顔が見えた。精霊『純恋花』様は、その中から一人を選んだみたい。するとその顔が、ノース家当主と重なっていく。


(まさか、神の憑依?)


 私には、はっきりと見えているけど、他の人達は全く何の反応もない。ノース家当主が、突然、驚いた顔をした。


「何かが、私の中に……」


 ノース家当主の顔に赤みが戻っている。目の下の酷いクマもいつの間にか消えたみたい。


「ええ、シュレーさん。アナタの願いに応えて、合う神がアナタの中に入りました。しばらくは荒ぶる神でしょうが、上手く合わせてあげてください」


「では、病は……」


「残念ながらそれは治せないわ。それに、そんなに長い時間もない。ですが、消えかけていたアナタの生命エネルギーは、数年を生きる分ほどは増えたはずですよ」


「も、もしや、フローラ様は……」



 精霊『純恋花』様は、自分の素性を明かすのね。


「アナタと同居する神は、私のことをジュレカ姫と呼ぶでしょう。この世界の人間からは、『純恋花』とよばれていますね」


「あぁ、なんとありがたい……」


 彼らは、祈りを捧げる仕草をしている。


(なぜ、見せたの?)


 記憶はそのうち消されるだろうけど、なぜ、こんな食堂で、神を憑依させたの? 神の姿は、見えてないかもしれないけど。



「皆さん、私がこの姿のときは、フローラと呼んでください。精霊ではなく、人間として扱ってもらいたいわ。これからも、お会いすることはあると思うの」


(なぜ? どうして?)


 私が思いっきり疑問に思ったためか、精霊『純恋花』様は、クスッと笑った。


 そして、食堂の真ん中あたりの柱に向けて、何かを放り投げるような仕草をした。



「うおっ! 精霊『純恋花』様の導きの光が、この食堂に!」


 ノース家の人達だけでなく、離れた席にいた他のお客さん達も立ち上がって、柱を指差して何か話している。


(やっぱり、見えないわ)


 このテーブル席にいる中で、私だけが見えないみたい。薬師でもないし、精霊信仰でもないから?



「レイラさん、私の導きが見えなくなったのは、私がしばらく実体化する時期が到来したからよ。物語の主人公だった貴女は、私の一部でもあるもの。だから必要ないの」


「私が、フローラさんの一部?」


「ふふっ、ええ。貴女がこの世界に転生してきたことで、精霊『氷花』が生まれたでしょう?」


「えっ? 私の転生と氷花ちゃんって、関係あるのですか」


「もちろんよ。貴女を招いた神が、アルベルトさんが失った記憶から精霊を生み出すために、貴女を利用したとも言えるわね。精霊は、より強き精霊の干渉がなければ、生まれてもすぐに消えてしまうもの」


(話が全然わからないわ)


 私には、そんなチカラなんてない。まともに魔法も使えないもの。


「言い方が悪かったわね。強き精霊は光と共に生まれるのよ。異世界から招かれた貴女の光に呼応してね。レイラさんが生まれたのは、湖の近くだったのでしょう?」


「はい、そう聞いていますわ」


 私は、アルベルトと同じく、湖の治療院で生まれたんだわ。不思議すぎる縁ね。




「あとは、アルベルトさんのことね」


 精霊『純恋花』様は、それが言いたかったのか。アルベルトには、私のようなハワルド家の娘は、ふさわしくないと。



「フローラ様、私は何も変えるつもりはありません。あの手紙は、開封しない未来も……」


「アルベルトさん、答えを急ぐ必要はないわ。レイラさんは、身分を気にしているのよ。アルベルトさんは、国王にもなれる血筋だからね」


「私の父は、ここにいるシュレー・ノースです。母が二人に増えただけですから、他には何も……」


 アルベルトの言葉を、精霊『純恋花』様が、手の動きでさえぎった。


「時間が必要でしょう。そうですね。レイラさんが剣術学校を卒業する頃までに、アナタがどうすべきかを考えなさい」


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