89、精霊『純恋花』が明かす真実 ①
ゆっくりと振り返ってみると、そこには見覚えのある可愛い女性が立っていた。
(そういうことなのね)
会ったことはない。だけどよく知っている顔。
そう。彼女は、乙女ゲーム『純恋花 〜 甘ずっぱい恋をしたい』の主人公。もちろん、ゲームではプレイヤーが主人公なんだけど、その主人公が今、目の前にいる。
ユーザー名を登録しなかったら、主人公はフローラという名前になる。私は、この初期設定の名前が気に入り、そのままでプレイしていたっけ。
「お隣り、よろしいかしら?」
「はい、どうぞ。フローラさん」
「ふふっ、ありがと」
私がフローラと言ったためか、湖の精霊はポカンとした表情のまま、ゴロンとテーブルに転がった。
「氷花、お行儀が悪いわよ」
『ぴゃいっ!』
彼女に叱られると、湖の精霊は慌てて正座する。そもそも、テーブルの上なんだけど、まぁ、いっか。
「あの、フローラ様というのは……」
アルベルトは、私に小声で尋ねた。彼女が誰なのかわかってないのかしら? あっ、違うわね。フローラという名前で私が呼んだことを疑問に思ってるんだわ。
(どうしよう……)
さすがに、乙女ゲームの話はできないわよね。
「アルベルト、それは言えないわ」
私がそう返答すると、彼は頷いた。だけど……。
『私、わかっちゃったわっ! ジュレカ姫は、伝説の世界ではフローラって呼ばれてるのねっ!?』
(この精霊……)
まぁ、ジュレカ姫と言われても、アルベルトくらいしかわかってないから大丈夫だけど。
精霊『純恋花』様は、普通の人間の大きさに実体化している。だから、精霊信仰の人達は、彼女が人間だと思っているみたい。
「氷花は、また、レイラさんに意地悪ばかりしているのですね。はぁ、本当に困った子ね」
(そんな言い方しちゃダメ)
彼女が、湖の精霊を叱るから……精霊信仰の人達は、目を大きく見開いている。だけど、何もツッコミはないわね。
『氷花ちゃんは悪くないよっ! 変な子が悪いのっ』
(この精霊……)
私を指差して、ジタバタしてる。正座してたんじゃないの? テーブルの上で立ち上がり、私に向かってシュッシュと、シャドーボクシングのように拳を突き出している。
「あの、フローラ様、紅茶を飲まれますか?」
アルベルトがそう尋ねると、彼女はふわっと笑みを浮かべた。
「ええ、頂くわ。アナタは、やはり似ているわね」
(ちょーっと待った!)
彼女は、何を知っているの? あっ、全部か。でも、私はまだ手紙の話は何もしていない。何を話すべきか考えて、やっと順序立てて話そうと考えたのに。
「あら? レイラさんは、私の口から話してほしいのではなかったのかしら?」
「ひぇっ! あっ、氷花ちゃんみたいな声を出してしまいましたわ。失礼いたしました」
『何よぉ〜! 氷花ちゃんの悪口でしょ。それって悪口でしょ!? 見た? 聞いた? 変な子が悪いの』
(この精霊……)
「氷花、アナタね……」
『ひぇっ!』
さっきの私と同じ奇声をあげ、湖の精霊は正座をした。本当にこの精霊って、子供よね。
「フローラ様、どうぞ」
アルベルトが美しい所作で紅茶を注ぎ、カップを精霊『純恋花』様の前に置いた。だけど、明らかにアルベルトは緊張してるみたい。
「ありがと。この姿になって紅茶をいただくのは、十数年ぶりだわ」
(彼女は、何も隠す気はないみたい)
「さて、ここにいる皆さんは、レイラさんのことをご存知かしら?」
精霊『純恋花』様は、みんなに聞かせるつもりなの?
『変な子は、ジュレカ姫の伝説の世界から来たよっ! いっぱい来てるけど、アルベルトが選んだのがこの子なのでしょっ!?』
(いっぱい来てる?)
「氷花は、静かに」
『むぅぅ』
彼女は、隣りに座る私の顔をチラッと見たあと、口を開く。
「レイラさんは、前世の記憶を持って生まれた方なのです。彼女のいた異世界とこの世界を繋ぐ物語を描いた神がいましてね。その神が、この世界に残した者を案じて、多くの転生者を招きました。レイラさんはその一人です」
(他にも転生者がいるの?)
「もちろん、前世の記憶は、記憶の奥底に封じられていました。ですが、その神がこの世界に残した者を……ふぅ、もう氷花がペラペラと喋ってしまいましたね……アルベルトさんが心を動かされた相手にだけ、前世の記憶の蓋が開くような仕掛けになっていたようです。すべては、彼の行動への理解を促すためでしょう」
(やはり、神だったのね)
そう考えると、あの手紙の意味不明な段落が蘇ってきた。
『だが、私のヴァンドールとしての寿命は、もう残りわずかだ。あと5年あれば、すべてが上手くいくはずだったのに、2度目の願いは叶わなかった。もう、私には時間がない。私はもう、アルベルトを守ってやることができない。だから、私は、ジュレカ姫に託すこととした。私の寿命が尽きるとき、息子はこれまでの記憶を失うだろう。息子の記憶から、新たな精霊が生まれることを願う。そして、この手紙を読む者が、私の息子アルベルトを支えてくれることを祈る』
私の頭に蘇った手紙が見えるのか、彼女はそれを読んでいるようだった。そして、しばらく考えた後、口を開く。
「レイラさんがまだ話せなかったのは、すべてを理解して整理してから話すべきだと考えたからですね。彼がそれを望んだのでしょう」
「えっ? あ、はい。最後の段落がわからなくて……」
「そうでしょうね。時間的な関係も考えられたのかしら。時空は、神々なら、ある程度は遡ることができるのですよ。彼は数十年前に、とある罪を犯しました。そのため、神としての地位を一時的に剥奪され、この世界へ堕ちてきたのです」
(そんな暴露話……)
「ふふっ、レイラさん、気にしなくても大丈夫です。彼に都合の悪い話は、彼が消すでしょう」
「あの、その神が、あの手紙を買いた人だったのですか? なんだか、二人の感情を感じましたが」
「鋭いですね。あの神は、病弱なある人間の願いに応えて憑依していたのです。人間の感情を学び、再び罪を犯さないために。この世界には、堕ちた神々がたくさん来ています。その中のひとりです」
「じゃあ、憑依した人間が寿命で亡くなった後は、神に戻ったのですか」
「ええ、神としての地位を取り戻すと、彼は、貴女のいる異世界に行ったのです。アルベルトさんを守りたかったのでしょう」
(話が繋がったわ。だけど……)
私は、テーブルの上で、ぷくっと膨れっ面をして正座している湖の精霊に視線を向けた。
「アルベルトの失った記憶から、精霊は生まれたのでしょうか? なぜ、それを願われたのかしら」




