88、湖の精霊の巣箱
「崩れないように、固定してね」
夕方の湖の絵というか写真の前に、ノースオレンジの正方形の木箱を3つ積み上げると、ちょうどよい高さになった。
木箱は積み上げても中の果実が傷まないようにするため、かなり大きな隙間が設けられている。
3つ積み上げた箱が動かないように、アルベルトがネジみたいなものを使って、連結してくれた。
一番上の箱の中には、新しいテーブルクロスを敷き、中が見えないようにしておく。そして正方形だとわかるように余分な布は折りたたむ。
(完璧だわ)
「アルベルト、雪の花を持ってない?」
「ありますよ」
「じゃあ、一番上の箱の中に入れてくれる?」
「かしこまりました」
アルベルトは魔法袋から白い花を取り出し、祈りの仕草を始めた。
「料理長、りんご酒はある?」
「はい、こちらに用意していますよ。微発泡のりんご酒ですが。あと、ぶどう酒もあります」
「シュワシュワなやつね? それでいいわ。赤いぶどう酒は嫌いみたいだから隠して。白いのだけでいいわ」
一番下の箱に、りんご酒と白のぶどう酒の瓶を放り込む。広い隙間があるから、出し入れも楽ね。
アルベルトが雪の花を箱に入れたのを確認し、私は、料理長に、料理を運んでもらうよう合図をした。
「レイラ様、あの箱は一体……」
私が席に座ると、マザーが不思議そうな表情で尋ねた。次々と、昼食が運ばれてくる。
「マザー、あれは、湖の精霊への貢ぎ物を入れる箱よ。一番下には重いもの、真ん中の箱には軽いものがいいわ。一番上は、雪の花だけにするのがいいと思う」
「なぜ、ここに……あっ!!」
箱を見ていたマザーは、驚きの声を上げた。
(早いわね)
一番上の箱の中に、こびとサイズの湖の精霊が入っていくのが見えた。精霊信仰の人達は、慌てて祈りを捧げている。
湖の精霊は、やはりアルベルトが雪の花を捧げると、すぐにやってくるのね。お酒よりも花の方へ行ったわ。
その直後、積み上げた木箱は、青白い光に包まれた。
(光る柱と同じね)
たぶん、湖の精霊が花びらを置いたのだと思う。
私には、精霊『純恋花』の導きの光が見えなくなった。でも、精霊『氷花』が放つ光は見える。
しばらくすると、雪の花を1輪だけ持って、湖の精霊は一番上の箱から飛び出してきた。
(嬉しそうな顔ね)
頬は少し赤くなり、嬉しくてたまらないように見える。だけど、すぐに表情を引き締め、箱に腰掛けた。
『ちょっと! 私の箱は、横からみたら長方形なんだけど!』
私をビシッと指差して、文句を言う湖の精霊。実体化しているのに、念話を使っている。声を聞かせる相手の範囲を限定しているのかしら。
「氷花ちゃん、正方形が3つもあるのよ? 一番上の箱しか見てないわよね?」
『む? 3つ?』
スーッと降りてきて真ん中の箱を覗き、中に入って歩き回っている。身体のサイズを自由に調整できるのね。
『確かに、正方形だわ。一番上の方が綺麗だけどっ』
「一番下の箱も見た?」
『何よ、同じ箱でしょ? む? むむむっ?』
真ん中の箱から首を出して文句を言った後、湖の精霊は一番下の箱に移動した。
「真ん中の箱には、まだ何も入ってないけど、真ん中と一番下の箱には、貢ぎ物が届くみたいだよ」
『見たことのない瓶がある! これは何?』
湖の精霊は、私ではなくアルベルトに尋ねた。身体より大きな瓶を箱から引っ張り出している。
「精霊『氷花』様、それは、シュワシュワな甘いりんご酒です。お飲みになるなら、私が開けましょうか? 栓が少し開けにくいと思いますので」
『まぁっ! シュワシュワな林檎酒なのね。すぐに開けてちょうだいっ』
「かしこまりました」
アルベルトは、ふわっと微笑み、差し出された瓶の栓をひねっている。プシュッと音がして、甘い香りが広がった。
『わぁっ! いい匂いねっ。せっかくだから、私、ここで飲もうかしらっ』
「グラスにお注ぎしましょうか?」
『ええ、そうしてちょうだいっ』
湖の精霊は、テーブルの端っこに、ちょこんと正座している。テーブルに座ること自体がどうかと思うけど、まぁ、精霊だからいいのか。座るとグラスよりも小さいけど、どうやって飲むのかしら?
「皆さん、紅茶のお代わりは……えっ!?」
テーブルにポットを持ってきた店員さんが、小さな精霊が大きなグラスを持ち上げる姿を見て、驚きで固まってしまった。
念話を使っていたのは、このテーブル以外の人に聞こえないようにするためだったのかな。
「そちらに置いておいてくださる? それから、あまり騒ぎ立てないでね」
私がそう言うと、コクコクと何度も頷き、店員さんは逃げるように厨房へ戻っていく。
「皆さん、食事の手が止まっていますわ」
「そ、そうね。しかし、精霊様と同じテーブルを囲むなんて、初めての経験だわ」
シャーベットが食事を始めると、アーシーもフォークを持った。だけど、精霊信仰の人達は、それどころじゃないみたい。
(畏れ多いのね)
「氷花ちゃん、みんなにもご飯を食べるように言ってくれない? 貴女が、大きなグラスを持つから、みんなビックリしちゃってるわ」
私がそう言うと、湖の精霊は、テーブルの上で立ち上がった。とは言っても、ポットより小さい。
『みんなっ、早く食べなさいっ。私が力持ちなのを知らなかったの?』
湖の精霊がそう言うと、みんな慌てて食べ始める。
「氷花ちゃんは、ご飯って何を食べるの?」
『ん? ご飯は食べられないこともないけど、食べる必要もないわ』
「でも、お酒は飲むんでしょ?」
『このシュワシュワ、すっごく美味しいよっ! 変な子には、あげないからねっ』
(この精霊……)
「私は、紅茶の方が好きだもの」
『えー? 紅茶ってニガイじゃない。キミは、お酒が飲めないお子ちゃまなのねっ』
「紅茶をニガイって言ってる方が、お子ちゃまじゃないの?」
『私は生まれたときからお酒が飲めるから、お子ちゃまじゃないよっ』
グラスに紅茶を注いでやろうかと思ったら、湖の精霊は、私からポットを遠ざけた。しかも、足で蹴ってるし……。
「氷花ちゃん、足癖が悪すぎるよ? 食事をするテーブルの上だよ?」
『だから何? 私は悪くないもーん!』
(あれ? 何、この感覚)
私の背後に、誰かが立っている気がした。
「氷花、お行儀が悪いですよ」
『ぴゃいっ! なぜジュレカ姫が実体化してるのぉ〜』




