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87、レイラ、大胆なことを思いつく

 食堂は、準備中だと聞いていたけど、仮営業はしているみたい。数人のお客さんが入っていた。


 テーブル席ばかりで、個室はないみたい。かなり広いから、離れていれば話の内容は聞こえないかしら。



「すごく広いのですね」


 食堂内を見回して、アーシーが目を見開いている。


「テーブル席が、ちょうど100あるようです。テーブルあたり4〜6人で使えるので、この広さですね。研究施設で働く人は、約1,000人を想定しているそうです。初等学校の学生や保護者の利用もあるでしょう」


 料理長は、なぜか得意げな表情をしている。


(あっ! あれ、ね)


 彼の視線の先には、大きな絵のような物があった。白い壁に映えて、とても良い感じ。だけど、あれは絵ではなくてパイの写真だわ。



「料理長、あのパイの写真を壁に飾ったのね」


「おっ、レイラ様は、さっそく気づかれましたか。皆が、湖の夕暮れを描いた絵だと思うようなんですわ。近寄らないと、パイだとはわからないらしい」


「こんなに大きく引き伸ばしたのね。実際のパイよりも大きいわよ」


 チラッとシャーベットに視線を移すと、彼女も得意げな表情をしていた。あの魔道具で記録したパイの写真のような物を、王都で紙に複製してもらったのは、彼女だ。



「錬金術師の記録の魔道具で記録したものは、少し拡大することも縮小することも可能なのですよ。屋敷の調合室には、小さな物を額に入れて飾っています」


「えっ? 気づかなかったわ」


「ふふっ、薬師しか入れない作業室ですからね。目立つ配色なので、緊急の掲示板の上に飾っています。これまでは、目立つ紙に緊急要件を記して掲示していたのですが、目印をこの絵に変えたことで、他の家の薬師に情報が漏れることもなくなりました」


「ふぅん、そうなの。作業室には、他の薬師も出入りするもんね」


「目立つ絵の方に関心が向くのか、もしくは湖の精霊の加護なのかはわかりませんが」


(湖の精霊は関係ないでしょ)




「この絵が一番よく見えるテーブルにどうぞ」


 ガタガタと音がすると思っていたら、テーブルを移動させていたみたい。テーブルを2個くっつけて、長テーブルにしてある。どの席からも、右が左を向けば、夕方の湖の絵がよく見える。


 絵が飾られている壁際は、広い通路になっている。どの席からも絵が見えるように、少し間を空けてあるのね。


 絵の左下の床には、門の近くの貢ぎ物が運ばれてきて、積み上げられていく。


(あっ、そうだわ)



 私は、座った直後に立ち上がった。


「あっ、皆さんは気にしないで、そのまま座っていてくださる?」


 私がそう言うと、立ち上がったアルベルトはクスッと笑って、ゆっくりと座った。まだ立っていたマザーも、柔らかな笑みを浮かべて、アルベルトの向かいの席に座った。


 アルベルトの隣りには、養父のノース家当主が座り、その後方には数人の供の人が立っている。


「お供の人達も座ってください。この敷地内では、生まれの身分差は無いものと考えてくださる? 研究成果をあげた者が一番偉いの。次が、施設の長であるマザーよ。出資者は、施設を守る護衛なの」


「ふっ、ふふっ、なるほど。領主も、護衛兵ですな?」


「ええ、そうよ。シュレーさんも、ここではただの護衛兵よ。異議は認めないわ」


「かしこまりました、レイラ様。ふふっ、あはは」


(笑いすぎじゃない?)


 アルベルトの養父は、何がおかしいのか、すっごく笑っている。そんな彼の姿に、彼を知る人達が驚いているみたい。


 ノース家当主は、身体が悪いのか杖をついていて、目の下には、ひどいクマができている。数年前から身体を壊したみたいだけど、本人は眠れないだけだと言っていたわよね。


 人前には出ないと、アルベルトが言っていた。だけど、私が来ることがわかって、足を運んだみたいだった。


 この敷地内に、精霊『氷花』様の精霊殿を建てる許可をいただきたい、って言ってたっけ。だからアルベルトは、私を寒すぎるスノウ領側に連れて行ったのね。


(アルベルトも策士よね)


 あの手紙のとんでもない秘密を……私は明かさなければならない。だけど、順番を間違えてはいけないわ。




 私は、ノース家当主の供の人達や、シャーベットとアーシーも席についた後、思いついたことを実行に移し始めた。


 山積みの貢ぎ物の中身を、近くのテーブルに移し、その入れ物をあちこちの角度から眺める。


「レイラ様? はて? そろそろお食事ができますが」


 食器を持ってきた料理長が、不思議そうな顔をしている。


「料理長、この木箱って、果物の空箱よね?」


「はい、ノースオレンジを仕入れたときの空箱ですが?」


「もらってもいいわよね? あと、新しいテーブルクロスも欲しいわ」


「はぁ、構いませんが、えーっと? 何をされるのですかな? お食事は……」


「物事には順序が大切なときがあるでしょう? まぁ、見てなさい。これと同じ大きさの空箱があれば、それも持ってきて」


「何か思いつかれたのですな。かしこまりました」


 料理長は少年のように目を輝かせると、厨房へと小走りで戻っていく。



「レイラ様、食事前に必要なことですか?」


 アルベルトが、シャーベットに言わされてるみたい。シャーベットの顔が、ちょっと怖いもの。


「ええ、必要よ。早く終わらせたいなら、アルベルトも手伝いなさい」


「何をする気ですか」


「湖の絵の下に、巣箱を作るのよ」


「あぁ〜、確かに良い場所ですが……」


(わかってないわね)


 湖の精霊の巣箱ができれば、そのときに何が起こるか、忘れたのかしら。すぐに来てくれるかはわからない。だから、食事をしながら待てばいい。


「効率を考えたら、巣箱が先よ。精霊『純恋花』様を呼ぶんだから」


 私がその名を口にしたことで、座っていた人達に動揺が走ったみたい。精霊信仰をしていない私には、この反応が不思議だったけど。



「レイラ様、精霊『純恋花』様は、精霊のトップであり、我々からすれば、神なのですよ? それなのに、呼びつけるような……」


(畏れ多いってことなのね)


「巣箱ができたら話の続きをすると、おっしゃっていたもの。湖の精霊の加護でシュレーさんが話せるなら、純恋花様の加護なら、眠れない病気が改善されるかもしれないわ」


「いや、ですが……」


「いいの! 私の奇行は、いつものことなんだから。さぁ、早く巣箱を作るわよ。りんご酒も必要かしら」



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