86、リーゼルさんを見つけた!
アルベルトが、こちらへと歩いてくると、観覧席にいる人達の視線も集まる。
こんな視線の中で、マザーは絵本の読み聞かせをしているのね。まぁ、もう気にならないのでしょうけど。
「絵本の時間を邪魔してしまいましたね」
アルベルトがそう話しかけると、マザーはふわっと優しい笑みを浮かべた。
「この絵本は、今日はもう3回目だったので、大丈夫でしょう。それに、そろそろ終了する時間ですね」
「もっと聞きたいよっ」
湖の精霊が、一番熱心なのかしら。他の子供達は、精霊『氷花』様に、振り回されている感じね。
「氷花様、子供達はそろそろお昼ごはんの時間なのです。続きは、また明日にしましょう」
「えーっ、仕方ないわね。じゃあ、また明日ねっ」
そう言うと、湖の精霊はパッと姿を消した。
精霊がいなくなると、観覧席にいた人達も移動し始めた。本当に、湖の精霊を見学しに来ていただけなのね。
「マザーは、精霊にも懐かれるのね。わがままだから、お世話は大変でしょう?」
「いえ、楽しいですよ。いろいろなことに目を輝かされますから。それに、精霊『氷花』様と同じ時間を過ごすことで、腰の痛みがなくなりましたからね」
「へぇ、それって、精霊の加護なのかしら」
「おそらく、そうだと思っています。精霊信仰をしていない方々まで、たくさん見に来られるのも、そのためかと」
(ふぅん、なるほどね)
観覧席にいた人達は、マザーの言うような精霊の加護を目的としている人もいるかもしれない。だけど欲のようなものは、全く感じなかった。たぶん、わがままな精霊と子供達のいる穏やかな時間を、楽しんでいるのだと思う。
「レイラ・ハワルド様、この敷地内に、精霊『氷花』様の精霊殿を建てる許可をいただきたいのです」
見知らぬ年配の男性が、数人の供と近寄ってきた。ノース家の家紋を胸につけている。身体が悪いのか杖をついていて、目の下には、ひどいクマができていた。
「レイラ様は、初めてお会いになりますね。私の父、シュレー・ノースです。人前にはあまり出ない人なのですが」
(えっ? アルベルトの養父?)
写真というか肖像画は見たことがある。あまりにも別人すぎて、私は少し反応が遅れた。
「はじめまして、レイラですわ。あの……」
「あぁ、失礼しました。幼きレイラ様とは何度か面識があったものですから。ちょっと記憶に偏りがありましてな」
(病気ってこと?)
すると、マザーが口を開く。
「シュレーさんは、数年前から身体を悪くされているのですよ。精霊『氷花』様の加護を受けることで、言葉を発することができるようです」
「リーゼル、そんなくだらない話はするな。私は、どこも悪くない。ただ眠れないだけだ」
(えっ? リーゼル!?)
「まぁ、その名で呼ばれたのは何年ぶりかしらね。レイラ様が驚いていらっしゃるじゃないですか」
私は、頭に雷撃を受けたかのように、全身にしびれが走った気がした。
あの手紙の一部が頭の中に、蘇ってくる。
『アルベルトは、私の息子だ。だが、妃との間に生まれた子ではない。アルベルトの母親とは、ノース領の大きな湖のある避暑地で出会った。彼女の名は、リーゼル・ノース。現ノース家当主のいとこにあたる娘だ』
一瞬、同じ名前の別人がいるかもしれないとも思った。でもそれなら、この手紙が頭の中に蘇ってくるわけがない。
「あぁ、すまない。精霊『氷花』様が、あんなにも楽しそうにされていたから、私も昔に戻ったような気がしたのだろう」
「そんな言い方をされると、妙な誤解を生みますよ。アルベルトさんまで、変な顔をされているじゃないですか」
マザーは、アルベルトの様子を気にかけているようだった。確かにアルベルトは、少し怪訝な顔をしている。
(ここは、私がつっこむべきね)
「マザーは、ノース家当主と親しくされていたのですね」
「あら、やだわ。レイラ様、そういう意味ではないのよ。私が若かった頃に、お付き合いしていた方と、あることがキッカケで疎遠になってしまいましてね。そのときに、シュレーさんから、嫁ぐ気はないかと声をかけていただいただけなのです」
(えっ!? まさかの暴露話)
「ちょっと待て、リーゼル。それではまるで、私に節操がないようではないか。妻に子ができなかったからだな、命を捨てるつもりなら私に預けないかと……」
(マザーは、自殺しようとしたの?)
突然、始まった暴露話。失恋した彼女を嫁にしようと考えたわけか。親戚なのに結婚できるの? あ、できるわね。いとこ同士の結婚は、この世界では珍しくない。
だけど、マザーはそれを断って、家名も捨てて、ノース孤児院を継いだのね。
アルベルトは知らなかったみたい。ノース家当主のお供の人達は、知っていたのか関心がないのか、無反応だ。
そして、マザーが、リーゼルさんだということは……アルベルトの本当のお母さんだわ!
私は、心臓がバクバクしてきた。ノース家当主がマザーに求婚して断られたことなんて、どうでもいい。
(どうしよう……)
でも、ここでいきなり暴露はできないわ。あの手紙は、長い時間ずっと秘密が守られてきたのだもの。
こんな秘密をどう伝えれば、二人のためになるのかしら。あまりにも難しいわ。
私の顔色の変化に敏感に気づいたシャーベットが、料理長を連れて、近寄ってきた。
「お話し中、すみません。料理長は今日は、お休みだそうですから、敷地内の新しい食堂に、皆さんで行きませんか?」
私に目配せをするシャーベット。私に何を言わせたいのかわからないけど、適当に合わせようか。
「そうね。せっかく料理長を捕まえたなら、食事をしながらの方がいいわね。門の近くに貢ぎ物がたくさんあったから、腐る前に頂く方がいいわ」
「えっ! あれは、精霊『氷花』様への貢ぎ物ですが……」
(みんな、精霊信仰なのね)
「大丈夫よ。貢ぎ物を食べてもらいたいなら、調理が必要だもの。きっとマザーがいれば、精霊『氷花』様は、食堂に現れるわ」
「おお! それなら、是非に」
料理長は張り切って、ホールから飛び出していった。
子供達を、移設した孤児院に連れていきながら、私の頭はフル回転していた。今を逃してはいけない。そんな気がして、これからの段取りを必死に考えていた。
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日曜月曜はお休み。
次回は、8月27日(火)に更新予定です。
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