81、氷の花は心を映す
アルベルトは、私に渡した氷の花の上に、右手を置いた。
「お、重いわ。なぜ、こんなに小さな氷の花が、こんなに重いの? 両手で受け取ったのは正解だったわね」
私は、アルベルトの言葉への返事がわからなくて、氷の花を私の手のひらに置いたことへの文句を言っていた。
するとアルベルトは左手を、氷の花を持つ私の手を支えるように、そっと添えた。
アルベルトの手って、こんなに大きかったのね。ズシリと重い氷の花を、私は両手で持っているのに、アルベルトなら片手で持てそう。
支えられているはずなのに、氷の花はさらに重くなったと感じる。私がアルベルトの手を意識して、動揺しているのかしら。
だけど、冷たくはない。
不思議な花だ。
氷の花なのに、触っても冷たくない。それに、手の上でも溶けないのね。私の手が冷えているためかもしれないけど。
「レイラ様は、私の初恋の人なのです」
(また、言ったわ!)
まるで、私の返事を求めているかのように、アルベルトはジッと私の顔を見ている。
「そ、それは、どうも……」
(どうも、って何よ)
私は自分を殴りたい。
「ふふっ、やっと言えました。それに、レイラ様には誤解されたまま、時間が経ってしまいました。ある方に口止めされていたとはいえ、申し訳なく思っています」
「何の話? 私が何を誤解しているというの?」
私がそう尋ねると、アルベルトは楽しそうにフッと笑みを浮かべた。純粋な少年のような笑顔ね。
「氷の花は、重いですか?」
(はぐらかしたわね)
「さっきから重いって言ってるでしょ。だから、アルベルトが私の手を支えたのでしょう?」
「冷たいですか?」
「別に冷たくないわよ。私の手が冷えていてわからないだけかもしれないけど」
私がそう答えると、アルベルトはクスクスと笑い出した。何よ? 何がそんなにおかしいの? 一瞬、イラっとしたけど、私は何も言えなかった。もう、アルベルトのこんな顔を見るのは、これが最後かもしれない。
「レイラ様は、氷の花のことをご存知ないのですね。アーシーさんから、氷の花についての噂を聞かれたようですが」
「アーシーが、氷の花を一緒に見つけることができれば恋人になれる、という噂を教えてくれただけよ」
「ふふっ、やはりそうでしたか。だから、こんなにもストレートな反応が出るのですね」
アルベルトは、私に意地悪をしているのかしら? 一人でクスクスと笑っている。私をバカにしているの?
私が怒りを感じると、手に持っている氷の花が、少し軽くなったように思えた。びっくりして、アルベルトの手の隙間から覗いてみたけど、氷の花が溶けたようには見えない。
(一体、何なの!?)
「レイラ様、氷の花は、持つ人によって重さが変わるのです」
「へ? どういうこと? あっ、氷の花って、氷花……」
「ふふっ、正解です。精霊『氷花』様のチカラが宿っています。だから、互いの心が氷の花に移り、その重さとなって現れる」
「えっ? どういう心……」
「私がレイラ様を愛しているという心です」
(ひゃー!!)
私は思わず叫びそうになった。たぶん、私の顔は真っ赤になっているわ。そして氷の花に、ズンと重さが戻った。
これって、氷の花が、私の心に反応しているということ?
(あっ!!)
氷の花が、スーッと溶けていく。
そして、私の両手は、アルベルトの手で挟まれた形になった。
「これって……まさか……」
「ええ、レイラ様も、俺のことを愛してくださっているということのようですね」
(俺って言った!)
「わ、私は何も言ってないわ」
「はい、口では何もおっしゃっていませんね。氷の花は、心を映しますから、嘘や偽りで隠すことはできません」
「ひぇっ!?」
「そもそも氷の花は、互いに惹かれていないと、手の届く場所には現れません。だから、スノウ領にある各学校では、氷の花を一緒に見つけると恋人になれるという噂が広まっているようです。正確には、重き花と共に互いの心を打ち開ければ、なのですが」
「ええっ?」
「ふふっ、でも、噂のままの方が素敵ですね」
「そ、そう、ね」
(ダメだわ……)
私は、悲鳴みたいな返事しかできない。
それもこれも、アルベルトがまだ、私の両手を挟んでいるせいだわ。
「レイラ様!」
「ひゃいっ! あっ、かんじゃった。何よ! アルベルトのせいなんだからね!」
「ふふっ、すみません。ふふふ」
(笑いすぎでしょ!)
彼の笑顔を見ていると、心がスーッと軽くなっていく。そうか、あの導きは、精霊『純恋花』様が、氷の花を使って互いの心を確認しなさいって言ってたのね。
でも白い羽根の導きは、あの手紙を読む前から示されていた。私が彼を解放してあげなきゃいけない現状は、何も変わってないわ。
(だけど……)
後悔したくない。一度だけ、聞いてみてもいいよね? その後に、手紙の内容を話して、ちゃんとお別れを言うから。
「アルベルト、話があるの」
「はい、何でしょう」
「まずは、手を離してくれる?」
「嫌です」
「はい? 嫌、なの?」
私が変な声で問い返したためか、アルベルトはクスッと笑って、私の手を解放した。
「お話というのは?」
「あ、ええ。私、夏休み前に、アルベルトに婚約を破棄するって言ったけど、もう一度、私との婚約手続きをして欲しいの」
心臓が口から飛び出しそうなほど、バクバクと音を立てている。私からこんなことを言うなんて、これまでなら許されないと思っていた。だけど、アルベルトは前国王の息子だとわかったから……良いよね?
しばらく、アルベルトは何かを考えているようだった。やっぱり、そうよね。せっかくハワルド家から抜け出せるチャンスなんだもの。
「レイラ様、その必要はありません」
(やっぱり……)
私の頭から、サーッと血の気が引いていく。
(……フラれた)
わかっていたことだ。アルベルトがここで私に、氷の花を使って想いを打ち明けてくれたのは、今の彼の精一杯の誠意なのね。
「あぁ、また、話す順番を間違えました。アーシーさんにも叱られたんですよね」
「なぜ、アーシーが出てくるの?」
(そうか、アーシーと……)
どす黒い感情が一瞬、湧き上がってきた。でも、それはすぐにスーッと消えていく。私よりもアーシーと結婚する方が、アルベルトは幸せだわ。
「レイラ様、黙っていて申し訳ありません」
(聞きたくないわ)
「私は、今も、レイラ様の婚約者です」
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日曜月曜はお休み。
次回は、8月20日(火)に更新予定です。
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