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80、早朝の湖岸にて

 私はアルベルトと一緒に、対岸へ渡り、寒い湖岸を歩いている。早朝のスノウ領側って、こんなに寒いのね。


「レイラ様、寒くないですか」


「大丈夫よ。アルベルトの方こそ……」


「私は、早朝の湖岸は慣れているので大丈夫ですよ」


 ふわっと柔らかな笑みを浮かべるアルベルト。やっぱり大好き。でも私はもう、何も言えないわ。


 アルベルトに手紙の内容を話して、そして……お別れだわ。でも彼は、この話を聞くと取り乱すかもしれない。そんな彼が落ち着くまでの時間は、一緒にいてもいいのかな。



「あっ、そういえば、昨日、あの手紙を私が読んだ後に、何か話があったのよね。昨日は余裕がなかったけど、もう大丈夫よ」


「あぁ、はい……」


 アルベルトは、少し困った顔をしている。手紙の内容を、先に聞きたいのかも。


「あの手紙に書かれていた内容は、アルベルトに話すかどうかは、慎重に判断してほしいって、最初に書かれてあったの。最後の方の段落があまりにも謎すぎて、まだ理解できてない。もう少し待ってもらえる?」


「はい、急ぎませんので大丈夫です。ただ……いえ、何でもありません」


(やはり、早く聞きたいのね)


 精霊『氷花』様の用事が終わったら、重い花を探しに行かなきゃ。屋敷の調合室に戻れば、花に関する本はたくさんあったはず。重い花って、どれくらいの重さをいうのかしら。今日一日は、調べ物の日になりそうね。



「井戸の水は、まだ凍っているのよね? 氷のゴーレムが湖底で眠りについたら、昼間の暑さで氷は溶けるはずだと言ってたけど。氷のゴーレムの眠りを妨げる者が、まだいるってことかしら」


「はい、そうだと思います。精霊『氷花』様は、まだ幼い精霊だと聞きました。だからチカラが弱く、氷のゴーレムに干渉する者を探すには、近くに人間がいる必要があるそうです」


(なるほど、そういうことね)


 私達を呼び出した理由は、氷のゴーレムの眠りを妨げる術者を探すチカラがないからだ。


 それを素直には言わないのよね。まぁ、人間に頼ることは、精霊にとって恥ずかしいことなのかもしれないけど。


「じゃあ、施設の巣箱の件ではないのね」


「いえ、それもあると思います。箱の色の方が、湖岸の井戸が凍っていることよりも、大事なのかもしれません」


(そうだわ、身勝手な精霊だったわ)


 まだ幼い精霊なら仕方ないのかも。ハワルド家は精霊信仰はしてないから、私は精霊のことをほとんど知らない。



「幼い精霊ってことは、生まれたばかりなの? そもそも、精霊ってどこで生まれるのかしら」


「精霊は、あらゆる場所で生まれます。幼いと言っても、精霊の寿命は個体によって、大きく異なります。短い場合は、数ヶ月で消えてしまうようです」


「へぇ、じゃあ精霊『氷花』様って……あれ? 毎年、氷花祭をしているのよね? 生まれたばかりの幼い精霊ではないわ。お酒が好きみたいだし」


「氷花祭は、今年が16回目です。精霊『氷花』様は、レイラ様と同い年ではないでしょうか。実体化できる精霊は、寿命は長いそうです。精霊で最も長寿なのは、精霊『純恋花』様だそうですよ」


「そうなの? 何年くらい生きておられるのかしら」


「精霊『純恋花』様は、この世界の誕生に関わった神だそうです。そして、この世界を守るために精霊となられた、というのが、精霊信仰の基本的な教えです」


(あー、神さまなのね)



「そう言われると、純恋花の光の導きを信じなきゃいけない気になってきたわ。写本に書いてある言葉って、全然わからないんだけど」


 私がそう言うと、アルベルトは、ふわっと柔らかな笑みを浮かべた。


「私も、解釈が難しくてわからないことが多いです。白状すると、レイラ様にあの手紙を渡したのは、その導きによるものなのです」


「えっ? 手紙を渡せって書いてあったの?」


「いえ、難しい抽象的な表現でしたが……ですが、レイラ様は権利者だった。だから、導きに従って、読んでいただいたのです。その結果、辛い思いをさせてしまったのではないかと、心苦しく感じています」


 アルベルトの表情からは、もう迷いが吹っ切れているように見える。昨日は、あんなに様子がおかしかったのに。


「もしかして、手紙の内容を知っていたの?」


「いえ、存じません。ですが、だいたいの予測はできていました。おそらくあの手紙を書いたのは、私の両親のいずれかでしょう。そして、これほど手を尽くしても開封できなかったことから、力のある者かと。その手紙の中で、レイラ様に過度な負担を強いることになっていたらと、そこだけが不安です」


(確かに、そうね)


 呪術師に見せても、開封できないなんて、どう考えても特殊能力を持つ人が、手紙を守っていたのよ。


「じゃあ、ご両親のことは、アルベルトにはわかっているのね」


「両親が誰かは、わかりません。ですが、あのような仕掛けを施すことができる人物。ハワルド家と敵対する人の血を受けていなければ良いのですが……」


「えっ? なぜ、ハワルド家が出てくるの?」


 私が咄嗟に問いかけると、アルベルトは、キョトンとして首を傾げた。そっか、貴族の家に生まれたと思っているのね。




「レイラ様のおかげで、昨夜、新たな導きがありました」


 そう言うと、アルベルトは足を止め、湖岸に座り込んだ。彼が手を伸ばした先には、大小さまざまな氷の彫刻のような花があった。


「へ? これって、氷の花?」


「ええ、氷の花です。これほど多くが同時に見つかったのは初めてですね。普通は2つか3つしか現れませんが」


「アーシーが言っていたわ。氷の花を一緒に見つけることができれば恋人になれるとか」


(ハッ! しまったわ)


 つい、舞い上がって、変なことを言ってしまった。もう、アルベルトを解放してあげなきゃいけないのに。



「軽きモノを求めるなら、重き花と共に。慎重であることより、直感に従うことが大切。そういう導きが、昨夜、私にありました。私は、夢の中で導きを得るのことが多いので」


「えっ!? 白い羽根の……」


「やはり、レイラ様の導きと同じでしたか。私が、純恋花様に叱られたのですね」


「どういうこと?」


 私がそう尋ねると、アルベルトは、ふわっと微笑み、ナイフで小さな氷の花を摘んで私に渡した。手のひらにズシリと重い花。


「レイラ様は、私の初恋の人なのです」



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