8、なぜかアルベルトがいた
「レイラ様、大丈夫ですか」
屋敷の転移魔法陣を使って、スノウ剣術学校に登校すると、着地点となる学校の中庭に、アルベルトの姿があった。
この場所の管理は交代制で、学生の家の使用人が務めている。管理といっても大した仕事ではない。たまに転移間違いで訪れる人に、この場所がどこかを教え、帰りの転移魔法陣へ案内するだけだ。
(なぜ、アルベルトが?)
いるはずのない彼の姿を見て、私はまたムズムズしていた。このよくわからない感情って、やはり……そういうことよね?
「なぜ、アルベルトがこんな所にいるの?」
アルベルトは、ハワルド家の使用人ではあるけど、ノース家の後継者だ。こんな平民がするような仕事を命じられるわけがない。
驚く私に、彼は微かに笑みを浮かべたように見えた。
「本日からしばらくの間、こちらの学校の職員を兼ねることになりました。学生さんの顔を覚えるために、手伝いをしています」
「職員? 先生ではなくて?」
「ええ、職員です。正確に言えば、臨時職員ですね」
「何の職員? 着地管理なんて、おはようを言うだけでしょ? 貴族がやるような仕事ではないわね」
(あっ、しまった)
私はまた嫌なことを言っている。他にも管理の仕事をする人がいるのに、彼らへの差別発言でもあるわね。
前世の記憶が戻ったことで、私は、自分が今までにどんな酷いことを言ってきたかを理解した。思い出すだけでも恥ずかしくて、ワーッと叫びそうになる。
私は公爵家に生まれたけど、末娘だ。ハワルド家に相応しい振る舞いができなければ、婿を取るという習慣には守られない。おそらく、私はポイっと……。
(あっ! だから、アルベルトなの?)
父は、私には手を焼いているようだった。私の婿にアルベルトを選んだのは、彼がノース家を継ぐタイミングで、私をハワルド家から追い出すつもりなのかも。
そう考えた私は、また苛ついていた。この感情は15歳の私のものだ。勝手に想像して苛つくって……ほんと何なの? 迷惑な妄想癖ね。
アルベルトは、次々と到着する学生に笑顔を振りまき、自己紹介をしている。私のことなんて、もう忘れ去ったかのような態度だ。
(こういう関係なのよね)
私が何か嫌なことを言うと、彼は無表情になる。別に私を無視するわけではないけど、彼の視界から私の存在を消しているのだと感じる。
こんな最悪な関係なのに、アルベルトは私との婚約を辞退しない。父が、私との険悪な状態に気づいて、辞退を許可していた期間があったのに。
前世の記憶が戻った私にも、その理由がわからない。
アルベルトはノース家を継いだ後も、おそらくハワルド家に仕えるだろう。私との婚約を辞退しても、父はその件で何かの制裁を与えるタイプではない。きっとアルベルトも、父の性格はわかっているはず。
私が長女なら、私との結婚を望む理由は理解できる。公爵家であるハワルド家当主の伴侶になるのだから。
だけど、私はワガママな末娘だし、こんなに関係も悪い。どこかの伯爵家の美しい令嬢が、アルベルトを気に入ったという噂も聞いたことがある。その人と結婚する方が、アルベルトにとっては幸せなはずよね?
(あー、もうっ! 私は何を考えてるの!)
「レイラさん? もう大丈夫なのですか!? あっ、痛くて動けないのかな」
中庭で立ち尽くしていた私に、クラスメイトが声をかけてきた。私はまだ、名前をほとんど覚えていない。
(スノウ家の次男だっけ?)
「いえ、大丈夫よ」
「大丈夫には見えませんよ。ロックゴーレムに、高台から叩き落とされたのでしょう? 酷い裂傷だと……」
「おい、コルス! 怪我人にうるさくするなよ。あの高台から叩き落とされた引率職員は、死んでるんだぜ?」
(えっ? 亡くなった人がいるの?)
さらに会話に加わってきたのもクラスメイトだけど、やはり名前は覚えてない。私に媚びていると感じた人には、無関心だったからかな。
「あぁ、そうだったな。でも、レイラさんには責任はないだろ? レイラさんの魔力がロックゴーレムを呼び寄せたという話は、ただの学校側の責任逃れだ」
(また、別の人が来たわね)
「でも、レイラさんが光った直後に、ロックゴーレムが現れたんだろ? ハワルド家のチカラは未知数だからさ……あ、いや、何でもないです」
(私の責任なの?)
私が視線を向けたためか、彼は慌てたみたい。見覚えのない人ね。クラスメイトかしら?
「貴方達! レイラ様に群がるんじゃないわよ! レイラ様も、なぜ何もおっしゃらないの? まるで、ご自分の非を認めていらっしゃるかのようね」
(誰だっけ?)
制服を着崩して、妖しい色気を放つ女性。私は、こういう目立つ人にも無関心だったみたい。
まだ入学して日は浅く、ひと月も経ってないけど、私は誰と親しくしていたっけ? 私には、友達と呼べる人がいない、みたい。
(そっか、苦手なんだ)
私はこれまで、大人としか関わってこなかった。すぐ上の姉も、私より10コ年上だ。四姉妹とは言っても、私は歳が離れていて、私だけが子供だったからね。
基本的な読み書きは、主に薬師達が教えてくれたから、初等学校には行く必要もなかった。
スノウ剣術学校に入学したのは、何かを学ぶためではない。父の指示で、友達を作り人脈を広げるためだ。
私は、友達を作るということを理解してなかったのね。だから、自分に有益だと思える人の名前しか覚えてない。
「あ、あの? レイラ様?」
私が無言だったことで、取り巻きは怯えたみたい。私が、暗殺貴族ハワルド家の娘だから、よね。
「なんでもないわ。少し傷が痛んだだけよ」
(心の傷がね)
「あっ、じゃあ、手を……」
「いえ、結構よ。授業に遅れるわ。アナタ達は、先に行きなさい」
私は、こんな言い方をしてしまうのね。同世代との話し方がわからないみたい。
「あ、あぁ、気をつけてね」
クラスメイト達は私を気にしながらも、校舎へと歩き始めた。
(さて、どうしようか)
前世の記憶が戻った今、当然だけど、同世代との接し方はわかる。でも、急に変えるのもおかしいよね?
ふと、視線を感じた。
(アルベルト……)
私が気づいたことで目を逸らしたけど、アルベルトは私の様子を見ていたみたい。
彼は、とても心配そうな目をしていた。