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79、大好きだけど、お別れだわ

 翌朝、夜明け前に目が覚めた。


(ほとんど寝た気はしないわね)



 あの後は、私は何も話せなくなった。アルベルトが心配そうにしていたけど、私の頭の中はぐちゃぐちゃで、彼はまだ話があったみたいなのに、聞く余裕はなかった。


 シャーベットが食堂に私達の様子を見に戻ってきたときも、そんな私の変化を問いただすことはなく、静かに接していた。あらかじめアルベルトから、私に手紙を渡すことを聞いていたのだと思う。


 宿の部屋に入っても、私は一言も喋らなかったと思う。だからアルベルトも泊まればいいと言ったことについて、緊張したり、妙に騒いで失敗することもなかった。


 アーシーは、寝る前に、私にサーフローズのハーブティを淹れてくれた。その甘い香りはホッとした。それでも、私の頭の中のごちゃごちゃは、こんがらがったままだった。


(重き花を探さなきゃ)


 だけど、その前に、精霊『氷花』様に呼び出されていたっけ。湖の精霊なら、前国王様のことを知っているだろうか。




「レイラ様、お早いですね」


「あら、アルベルトも早いじゃない」


 大きなテーブル席に座ってぼんやりしていると、アルベルトが起きてきた。なるべく平静を装ったつもりだけど、声は少し裏返ってしまったわね。


「お茶を淹れますね」


(えっ!? あ、いつも通りにしなきゃ)


「ええ、お願いするわ」


 私がそう返事をすると、アルベルトはミニキッチンへと消えていった。


 昨日の不思議な手紙のことを考えると、文字が音となって頭の中で再生される。いつまでも、この記憶は消えないのかしら。



 アルベルトの本当の父親は、ヴァンドール・ハイン・ガザツーフェ様……つまり、前国王シルフ14世で、母親は、リーゼル・ノースさん。現ノース家当主のいとこらしい。


 あの手紙を書いた前国王は、20年ほど前に亡くなっている。つまり、アルベルトが5歳か6歳の頃か。


 前国王には娘しかいなくて、初めての息子であるアルベルトを後継者にしようと考えていたみたい。つまり、アルベルトは王子様で、今頃は、国王シルフ15世になっていたかもしれないのよね。


 だけど現実には、前国王は亡くなり、後継者は娘の誰かになった。前国王には妃が多いから、誰の娘かは知らない。ハワルド家から嫁いだ人の娘でないことは聞いているけど。


 アルベルトの母親であるリーゼルさんは、生んだ子が生きていることを知らない。前国王が二人を守るために、死産だったと嘘をついたためだ。


 そして、アルベルトは、前国王が信頼する人に預けられ、育てられたのね。だけど、前国王が亡くなったことで、隠しておけなくなったのか。


 以前、ノース孤児院のマザーが、アルベルトが連れて来られた時のことを教えてくれた。彼を連れてきた執事っぽい人が、彼を育てていた人なのかもしれない。


 おそらく、アルベルトを後継者争いに巻き込みたくなかったのね。10歳未満の子供は後継者にはなれない。だけど、前国王に隠し子がいるとわかれば、きっと密かに暗殺される。王家の王位争いは、世界の平和を壊してしまうもの。


 でも、なぜ、ノース孤児院に連れて行ったのかしら。母親の元に……というわけにはいかないか。


 リーゼルさんは、生まれた赤ん坊の性別も知らないだろう。死産だったと告げた後、前国王はどうしたのだろう? 二人の思い出だから、知られたくないのか。もしくは、手紙には書けないような、ひどい展開があったのかもしれない。


 だけど、アルベルトがノース家の養子になったのは、あまりにも出来すぎているわね。


 手紙の内容は、こんな術がかかっていたから誰も知らないはず。アルベルトを6歳まで育てた人が、何か策を講じたのかな。王家に置いておけないなら、ノース家に渡すしかないもの。



 ここまでは、まぁ、なんとか理解できたし、頭の中も整理できた。アルベルトに何を伝えるべきかは、まだ判断できないけど。


(問題は、この先よ)



『だが、私のヴァンドールとしての寿命は、もう残りわずかだ。あと5年あれば、すべてが上手くいくはずだったのに、2度目の願いは叶わなかった。もう、私には時間がない。私はもう、アルベルトを守ってやることができない。だから、私は、ジュレカ姫に託すこととした。私の寿命が尽きるとき、息子はこれまでの記憶を失うだろう。息子の記憶から、新たな精霊が生まれることを願う。そして、この手紙を読む者が、私の息子アルベルトを支えてくれることを祈る』


 手紙が、声として蘇ってくる。声の調子から必死さを感じた。前国王の心からの叫びなのね。


 どこから、この謎を解けばいいのか、さっぱりわからない。


 ヴァンドールとしての寿命、2度目の願い、ジュレカ姫に託す、アルベルトが記憶を失うという予言、失った記憶から精霊が生まれる? そうなるように願う?


(はぁ、無理だわ)




「レイラ様、お待たせしました。茶葉の場所がわからなくて、遅くなりました」


 アルベルトがお茶を淹れてきてくれた。彼の美しい所作は、ノース家での教育だろうか。それとも……。


「レイラ様? 大丈夫ですか」


「ハッ! あ、ええ、大丈夫よ。あまり眠れなかったから、ボーっとしていたわ。ありがとう、いただくわ」


 私が慌てたためか、アルベルトはクスッと笑った。反則級のスマイルね。


(やっぱり、カッコいい)



 だけど……。



 私は、彼に婚約破棄を言い渡してしまった。婚約破棄を破棄しようと考えたりもしたけど……。


(私は、そんな身分ではないわ)


 託された手紙を読んだことで、彼が前国王の息子だということがわかった。つまり、王家の血を引く王子様だ。


 アルベルトの記憶が戻れば、私の今までの横暴な態度は、断罪されても文句は言えない。


(そんなことは、どうでもいいわ)



 私は、もう、アルベルトに、婚約破棄を破棄するとは言えない。大好きだけど、もう、言えない。


 今の彼は自由だもの。ハワルド家からも解放してあげなきゃ。母に、不思議な手紙のことを話せば、きっとハワルド家当主は、アルベルトを無条件で解放するはず。




「レイラ様、そろそろ出掛ける時間です。精霊『氷花』様が指定されたのは、早朝ですよ」


「あっ、そうね。じゃあ行きましょうか」


 私を気遣って微笑むアルベルト。大好きだけど、お別れだわ。



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