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74、湖岸の定宿にて

「レイラ様、ようこそお越しくださいました!」


 ハワルド家の定宿になっている宿屋に着くと、なぜか支配人がロビーで私達を待っていた。ニコニコというより、ニタニタしてるのよね。


「なぜ、支配人が待っていたの? 暇なの?」


 思わず嫌味を言ってしまった。私は幼い頃から、この支配人が嫌いだ。客を家柄でしか見ない。歳をとると、その人の生き方が顔に表れるというけど、彼はまさしくそのタイプね。悪代官に媚びるなんちゃら屋みたいな顔だわ。



「レイラ様がお立ち寄りいただけると聞き、嬉しくてたまらず、お出迎えをしたいと思いまして」


(話のネタにしたいだけでしょ)


「そう、私は貴方には用はないわ」


「あはは、これは手厳しい。私はただ、お出迎えをしたかっただけですよ。ハワルド家の薬師シャーベットさん、お久しぶりですね。そちらの方は?」


 支配人は、アーシーを値踏みするかのような嫌な目つきで、彼女をジロジロと見ている。そういう視線に慣れてないアーシーは、戸惑っているみたい。



「彼女は、アーシーさんです。スノウ薬師学校を卒業したばかりですが、調合師なんですよ」


 シャーベットは、そう紹介したけど、支配人の表情は険しい。アーシーが舐められてる。公爵家の令嬢だとでも言えば、ガラッと笑顔に変わるんでしょうね。


「アーシーは、私の専属薬師よ。支配人、貴方のその表情は、私への侮蔑かしら?」


「ハッ! いえ、決してそのような……。申し訳ありません、昨夜は、夜盗騒動で眠れなかったものですから」


「その夜盗の動きを封じたのは、この二人よ」


 そこまで話すと、やっと支配人は、アーシーにも軽く会釈をした。ほんとにコイツ、客商売に向いてないわね。




「あぁ、レイラ様、お待ちしていました。婚約者のアルベルト・ノースさんは既に来られていますよ」


 珍しくロビーに、料理長が迎えに出てきた。彼は、私が支配人を嫌っていることを、知っていたかしら。


(もう、婚約者じゃないのに)


 だけど、私の婚約者ということにしておく方が、この支配人の対応は良いはず。それがわかっているから、料理長は、わざわざこんなことを言ったのね。



「ほう、ノース家に養子に入ったあの坊ちゃんは、ハワルド家の婿になるのですか。それなら、ノース家も安泰ですな。いろいろな噂も聞こえてきていましたが」


(嫌な言い方ね)


 支配人は、いつまでも、アルベルトのことを孤児として見ているのね。そして、そんな孤児を婿にとる私に、嫌味を言ったのかも。


 そもそも、アルベルトが私の婚約者に選ばれたことを、彼は知っていたはず。ここはノース領だし、噂好きな貴族が多く集まるもの。


 それを、今、初めて聞いたという顔をして見せるのは、なぜ? 高齢のせいで、物忘れが激しいのかしら。



「支配人、教えておくわ。今の言葉を母が聞いたら、貴方の命はないわよ? アルベルトを私の婚約者に選んだのは、ハワルド家の当主よ」


「ひっ! 決して私は何も悪くは……」


「私の気分を害する言動を、無意識で発しているの? そろそろ引退したらどうかしら? 貴方の息子さんの方が、広い見識を持っているから適任じゃない?」


 私がそう言うと、支配人は顔からダラダラと汗を流し始めた。必死に言い訳を考えているのかしら。



「レイラ様、ご案内します」


 料理長がそう言うと、支配人は少しホッとしたみたい。彼は立ち去る私達に、深々と頭を下げていた。




 ◇◇◇



 私達は、食堂の個室に案内された。室内にはアルベルトがいる。窓際に立ち、湖を眺めていたみたい。


(カッコいい〜)


 彼は、礼服を身につけていた。宿屋のドレスコードに従ったのね。私達に気づくと、ふわっと笑みを浮かべた。


 私達が席についた後、一番最後にアルベルトは座った。



「料理長、ロビーまで来てもらってごめんなさいね。私、あの支配人って、ちょっと苦手なのよ。従業員の皆さんに、不快な思いをさせてしまったわね」


「何をおっしゃいますか。レイラ様が、ピシャリと言ってくださったことで、ロビーにいたすべての従業員は、ニンマリと笑いましたよ」


「そうなの?」


「はい、支配人はもう、引退すべき年齢をとっくに過ぎているのですが、かたくなに、退こうとはしないのです。宿屋のオーナーが言っても拒否してますからね」


「支配人の仕事が好きなのかしら」


「数年前から支配人の役割は、副支配人である息子さんがすべて担われています。最近の彼は、お客様に愚痴を言っているだけですが」


(それって、ただの老害よね)



「では、お食事をご用意しますね。例のパイは、デザートにお持ちします」


「ええ、楽しみだわ」


「厨房の皆で、何度も試行錯誤をしました。これから焼き上げます。他の料理よりも、例のパイが一番緊張しますよ」


(楽しそうな顔ね)


 料理長はそう言うと、個室から出ていった。




 アルベルトは私の真ん前の席に座っている。何か喋らなきゃと思うと、言葉が出てこない。すると、シャーベットが口を開く。


「レイラ様、今日は、この宿屋に部屋を借りてあります」


「そうなの?」


「はい、明日朝早くに、精霊『氷花』様に会われるのですよね? それに昨日、夜盗騒ぎがあったので、私達に滞在してほしいという声もありましたので」


「そう、じゃあ、いつもの部屋かしら? 大きすぎるわね」


「いつもの部屋を用意してもらったはずですよ。確かに広すぎますね。避暑地として滞在されるときは、30人ほどで泊まっていましたね。使用人の部屋が5室ほど付いていますから」


「じゃ、アルベルトも泊まれば?」


「へ? あ、はい」


(あっ! またやらかしたかしら)


 シャーベットに睨まれるかと思ったけど、今回は大丈夫だったみたい。そうよね、護衛として使用人の部屋に泊まるんだから。


 しかし、アルベルトは、喋らないわね。このメンツに緊張するとは思えないけど。アーシーがガチガチに緊張してるから、それが移ったのかも。



 食事が順に運ばれてくる。


 料理長は、私の好き嫌いをちゃんと記録していたみたい。私が嫌いな素材は使われていない。


「やはり、美味しいわね」


「ええ、本当に。ですが料理長も、そろそろ引退の年齢だそうですよ。惜しむ声が多いようですが」


「そう、残念ね……。あっ! それってチャンスかも?」



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