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73、レイラ、いろいろ心配する

 氷花祭のミッションはすべて終了し、私はアーシーと一緒に、対岸の治療院へと戻った。


「レイラ様、アーシーさん、お疲れ様でした。こちらも、だいぶ進みましたよ」


 シャーベットの手が、黒銀色に光っていた。薬師の術を発動中みたい。彼女の側には、キラキラとした表情のサーフ先生が立っている。彼はシャーベットの助手をしていたのかしら。


 私は、アーシーが少し複雑そうな顔をしているのが、気になった。いつも謙虚なアーシーだけど、サーフ先生がシャーベットに向ける憧れの表情に、対抗心を抱いたのかしら。



「お疲れ様。修復が進んだの? おぉー、すごいわね」


 私は、処置台に寝かされている遺体に視線を向けた。腐敗が進んでいて、引き取り手が見つからなかった人達だ。


 判別がつかなかった数人の女性の顔は、かなり形成されている。頭蓋骨に腐った肉片が付いている程度だったのに、もう人の顔に見えるわ。


(さすが、シャーベットね)



「ただ、肌の再生が難しいのです。目の再生はできないし、まだまだですね」


「もう、人の顔に見えるよ?」


「でも、まだ誰の顔なのかはわからないですよね。ピパプルクスの卵巣を、火の魔石と銀砂の混合物で溶かして使うより、銀砂を混ぜてから魔道具を使って加熱する方が、よかったかしら?」


(何語を喋ってるの?)


 シャーベットが、ピパなんちゃらと言い出した後は、全く意味がわからない。すると対抗心からか、アーシーが口を開く。


「シャーベットさん、それでは卵巣の表面が固まってしまいます。なめらかさは出せるでしょうが、素材の半分が無駄になりますし、調合中に毒を含む煙が発生します」


「そうなのよねー。何を変えれば上手くいくかしら? サーフさんのご意見は?」


 シャーベットは、アーシーの反論をさらりと流し、サーフ先生に意見を求めた。もしかして、母娘でバチバチなの?



「魔道具はヒート系のものですよね? 魔導士に依頼する方が微調整は可能だと思うのですが……こんな調薬は僕にはできません」


「慣れたら出来るようになるわよ。学者さんは実際の調薬経験が少ないのよ。うーん、魔導士ねぇ……」


 シャーベットは、サーフ先生の案には、賛成できないみたい。考えるふりをしているけど、この顔は却下しているわね。



「肌の再生が難しいなら、肉付きは修復できているから、このままでいいんじゃないの? 認識阻害の薬を薄めて吹きかけておけば、この女性を知る人なら、本来の顔に見えるでしょ」


 私が当たり前のことを指摘すると、三人ともパッと私の方を見た。えっと、何かやらかしたかしら?


「レイラ様! 確かにそれで、顔合わせはできますね。緩い認識阻害なら、ぼんやりと霧の中にいるように見えますが、近親者なら、人物の特定は可能です」


(だから、そう言ってるじゃない)


 ハワルド家では、暗殺の仕事をする際に、自身にゆるい認識阻害の薬を使うことがある。そうすることで、味方同士ならわかるけど、敵に姿を見られても顔バレしない。



「シャーベットさん、やはり、レイラ様は賢いですね」


(何? アーシー?)


「そうね、私達の視野が狭くなるのも問題ね。私も、まだまだだわ。だけど、肌の再生は研究したいわね」


 シャーベットは、学者向きなのかもしれない。なぜ、ハワルド家にいるのかは知らないけど。



「シャーベットも、施設ができたら、たまには手伝ってね。基本的にはアーシーに活躍してもらうつもりだけど」


「あら、私もレイラ様の施設で活躍したいですよ。蘇生薬は簡単にはできないでしょうけど、こういう修復の研究が、蘇生薬に繋がると思うわ」


「シャーベットをあまり使うと、調合室から叱られないかしら?」


「昨夜、一緒に来ていた魔導士さんが、レイラ様の建てる施設に、転移魔法陣をつくると言っていましたよ」


(私の監視かしら)


 おそらく、父の指示ね。まぁ、便利だからいいけど。



「そう。じゃあ、シャーベットにもお願いするわ。サーフ先生も、力を貸してくださいね。スノウ薬師学校の卒業生も受け入れますから」


「もちろんです! ぜひ参加させてください」


(よし、これでいいわ)


 アーシーとサーフ先生が、これからも会う設定が出来た。二人とも何というか、積極性がないのよね。まぁ、見守っていくしかないかしら。




「レイラ様、そろそろ宿屋に行く方がいいですね。もう、だいぶ日が落ちていますよ」


 シャーベットに言われて、ハッと外を見た。もう、夕方は過ぎている。


「大変! 急がなきゃ」


 私が出ようとすると、アーシーに引き止められた。



「レイラ様、着替えてください。シャーベットさんは、着替えはありますか」


「私は大丈夫よ。アーシーさんもね。あの宿屋は、貴族しか利用できないから、服装にはうるさいわ」


「はい、そのつもりです」



 私は、アーシーから、着替えの入った魔法袋を渡された。たぶんシャーベットが用意して、アーシーに持たせていたのね。


 治療院の部屋を借りて、私は服を着替えた。


(好みじゃないわ)


 正式な場にも出られるように配慮したのだろう。夏物の白いワンピースだけど、ハワルド家の紋章入りの大きなリボンを前で結ぶデザインだ。


 魔法袋には、白いハイヒールと、白い花をあしらった可愛らしいサンダルも入っていた。湖岸をハイヒールで歩けるわけがないわ。


(好みじゃないわ)


 仕方なく消去法で、私はサンダルを選んだ。



「あら、レイラ様、髪がボサボサですよ」


 早く着替えたシャーベットが、ブラシを手に近寄ってくる。そして、私に何かを吹きかけたあと、髪をとかしてくれた。汗や様々なニオイを消してくれたみたい。


「ありがとう。シャーベットは着替えが早いのね」


「まぁ、慣れていますからね。アーシーさんは少し緊張しているようです。あまり、マナーを教えてなかった私の責任ですね」


「今日は、食事をするだけよ。いい練習になるんじゃない? 薬師なら、これから貴族の社交場にも出なきゃいけないものね」


 シャーベットは、母親の顔をしている。たぶん、もっとアーシーとは、母娘としての時間を過ごしたいのだろうけど……。



「これでいいでしょうか」


 アーシーは緊張した表情で、紺色のワンピース姿で現れた。


(大人っぽくなるわね)


「ええ、素敵よ。じゃあ、行きましょうか」



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