表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/97

71、氷花祭の最終日

「えーっ? 井戸の氷は、まだ溶けてないの?」


 私は、アーシーを治療院に残し、ノース孤児院の定宿に来ている。今日で氷花祭が終わるから、もうあまり来られないと、マザーに伝えようと思って来たんだけど……。


「まだ、カチコチらしいよ。見に行く?」


「子供は井戸に近寄ってはいけないのよー」


「レイラ様がいればいいんだよ」


「レン兄に叱られるよ」


(ケンカが始まっちゃったわ)


 マザーは不在で、比較的大きな子供達が、部屋の片付けをしていたようだ。氷花祭が終わると、対岸のスノウ領側の宿に移るんだっけ。



「井戸に近づいてもいいのは、冷たい井戸に落ちたとしても、自力で上がってくることができる子だけだよ」


 私がそう教えると、子供達のケンカはピタリと止まった。


「レイラ様は、井戸に落ちても戻って来られるの?」


「ええ、短剣1本あれば、井戸くらい簡単によじ登れるわ」


「すげっ」


「あたし、泳げない」


 しょんぼりする子供達。みんな、素直ね。


(くぅ〜、かわいい)



「でも、マザーはそんなことできないのに、井戸を見に行ったよ」


「ほんとだぁ。全然運動ができない太っちょの職員さんも、見に行ったよ」


(そうきたか)


 私にキラキラとした目を向ける子供達。どう説得すればいいかしら? あっ、そうだわ。



「みんな、秘密にできる?」


 私は、少し小さな声でそう尋ねた。


「できるよ」


「何? 内緒話?」


 子供達も、小さな声で答える。


「あのね、井戸は途中から狭くなるの。だから、太っている大人は、お腹がつっかえるから落ちないのよ」


「えっ? マザーも?」


「そうよ。マザーは、おしりが引っかかると思うわ。だから、井戸に近づいても大丈夫なの」


「へぇ、そうなんだ!」


「シッ! 大きな声を出しちゃダメ。レイラ様が秘密だって言ったでしょ」


 子供達は、頷き合ってる。絶対にマザーには言わないでよ? 私が叱られるわ。




「あら? 静かね。何のお話をしていたの?」


(ひゃん!)


 恐る恐る振り返ってみると、マザーや、噂の太った職員を含めた数人が立っていた。


 私は改めて子供達に、シーッと人差し指を口に立ててみせた。子供達は互いにシーッと合図してる。



「マザーを待っていたのよ。この子達は、おとなしくしていただけよ」


 私がそう言うと、子供達はみんな真顔でうんうんと頷いている。だけど、マザーのおしりの大きさを確かめる子もいるのよね。


「ふふっ、レイラ様は、すっかり子供達のリーダーのようですね。あっ、先生になるのかしら?」


(先生? 何のこと?)


 私が首を傾げていると、マザーが近くの椅子に座った。すると、おしりを気にする子供達が、彼女の後ろに回って、コソコソと何か喋ってる。


「みんな、そんな所に座ってないで、荷物の片付けの続きをお願いね。夕食が遅くなってしまうわ」


 マザーにそう言われて、子供達はパッと弾けるように散って行った。これで、おしり問題は忘れてくれるかしら。




 子供達がいなくなると、マザーがクスッと笑って口を開く。


「確かに、私のおしりは井戸に引っかかってしまいそうね」


「聞こえていたのね。ごめんなさい。上手い説得方法が思い浮かばなかったのよ」


「ふふっ、上手いと思いますよ。井戸に落ちると危ないと、理屈で説明しても理解できない子が多いですからね」


(目が笑ってないわ)



「えっと、マザー達は、どこに行っていたの? もう、養子縁組の会は終わったと聞いたわ」


 私は慌てて話を変えた。


「レイラ様の施設の件で、打ち合わせですよ。以前にお話していた治療院の南側の広大な土地を、所有者から譲り受けることが決まりましたから」


「へぇ、早いわね。あっ、もう時間がないものね」


「ええ、アルベルトさんの提案で、施設部分に関しては、王都から錬金術師を呼んで建ててもらうことになりました。併設する学校や宿舎は、スノウ領の学校を建てている魔導士に依頼済みだそうですよ」


「王都の錬金術師? よく呼べたわね」


「昨夜、視察に来られていたんですよ。夜盗騒ぎがあったのは、そのためだろうとおっしゃっていました」


「私も知らない情報を、盗賊が知っていたなんてね。錬金術師側から情報が漏れたのね。夜盗が暴れ回る場所なんて、彼らは建築を引き受けるかしら」


「王家に出入りする商人が漏らしたようです。ですが、夜盗のことで話が潰れることはなかったですよ。素早い対応で、ほぼ全員を捕らえたのは、ハワルド家のチカラです。また、湖全体を凍らせて氷のゴーレムを撃退するなんて、通常の魔導士にも剣士にもできないことですからね」


「あぁ、ちょっと物騒な魔道具を使ったからね」


(マズイわ)


 魔道具は、まだアーシーに預けたままになっている。早く屋敷に戻さないと、私がどこかの領地を滅ぼしにいく気だと、父が勘違いするわ。



「昨夜の件で、投資の話や、新たな学校についての問い合わせが、殺到しているようです。レイラ様が、夜明けまで湖岸に立って見張っておられた姿は、多くの人が見ていたそうですよ」


(えっ……)


 あれは、私が嫉妬して動く気になれなかっただけだ。ただ、ボーっと湖を見ていただけなのに。



「そう。とりあえず、宿舎から先に造ってもらう方がいいわね。ノース孤児院の子がみんな入れるように。あと、記憶を失った子達や、食事ができなかった子達は、どんな感じかしら?」


「はい、宿舎や寮から造ってもらいますね。あの子達は、少しずつですが、馴染もうと努力しています。まだ、時間はかかりそうですが」


 マザーは、少し暗い表情をしている。また、自分の力不足だなんて考えてるのかも。


「学校が出来たら、元気も出るかもね。今日で氷花祭は終わるけど、私は夏休み中だから、また来るわね。宿は対岸に移るのかしら?」


「はい、対岸に用意してもらうことになっています」


「わかったわ。じゃあ、仕事に戻るわ」



 ◇◇◇



 私は、アーシーからリュックを受け取り、ダサい帽子を預けて、一旦、屋敷に戻った。


 そして、持ち出した魔道具をソッと倉庫に返して、ホッと息を吐いた。


(これでよし! すぐに戻らなきゃ)



 転移魔法陣のある部屋に行く途中で、チラッと調合室を覗いてみた。何があるわけではないけど、いつもの癖だ。


(あっ! 白いわ)


 純恋花の導きの光が、真っ白に変わっていた。



皆様、いつもありがとうございます♪

日曜月曜はお休み。

次回は、8月6日(火)に更新予定です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ