66、湖の異変
魔導士は、真っ暗な湖に、照明弾となる魔法を放った。空に上がった魔力がパッと弾けて湖に降り注ぐ。
「レイラ様、両方ですね。大規模な夜盗が、正体不明の魔物を操っているようです」
彼は、付近一帯のサーチも済ませたようだ。さすが、ハワルド家の転移魔法陣を任せられる優秀な魔導士ね。
「この雪の原因は、魔物かしら」
「はい、おそらく」
照明弾は、湖全体を照らしている。
雪が舞う湖には、大きな何かの塊のようなモノがいくつか出来ているように見えた。スノウ領側に近い場所にたくさんあるようだ。
そして、湖面には、ボートのような小さな舟が、その何かを取り囲むように浮かんでいた。
(両方いるわね)
スノウ家だけでなく、ノース家の兵らしき者達も、湖にボートのようなものを出しているみたい。
「レイラ様、こちら側には多くの夜盗がいます。湖の中にいる魔物に、多くの兵や冒険者が集まっていますが、魔物には届かないようです」
魔導士は詳細をサーチしたのだろう。他の使用人達と情報を共有しているようだ。
「レイラ様、おそらく、最近盗賊への規制を強めたノース家への報復だと思います。この避暑地の安全性をおびやかし、ノース家へのダメージを狙っているのでしょう」
(ノース家じゃないわ)
魔導士は、ノース家の血縁者がアルベルトを、次期当主にさせないための嫌がらせをしていることを知らない。
「違うわ。夜盗がケンカを売っている相手は、この私よ」
「えっ? なぜ、あぁ、アルベルト・ノースさんの……」
(婚約破棄は知らないみたいね)
「アルベルトは関係ないわ。私の利益の話よ。私は、この南側の広大な土地を買って、趣味の施設を作る計画を進めているの。お金が余っている貴族に出資させるつもりよ。それなのに、こんなことを……」
「レイラ様の楽しみを邪魔するのか。盗賊には、イブル家との繋がりがある者も少なくないでしょう。やはり、嫌がらせに動いたか」
(イブル家?)
そういえば、イブル家の子息の一人に特有能力を使ったわね。確か、末っ子のワノルド・イブルに、威圧の派生能力、絶対服従を使った記憶がある。
「もし、イブル家が……あぁ、うん、そうかもね。末っ子は私の前には出て来られないだろうけど」
「なんと、舐めた真似をするのでしょう。魔物を操るのは、洗脳系の術を使うイブル家が最も得意とするところ。許せませんな」
ハワルド家に長く仕える使用人達は、貴族に舐められることを嫌う。しかも、それが同じ暗殺貴族であるイブル家なら、なおさらのこと。
「この距離だと、術の乗っ取りは難しいわね。そのために、魔物を湖の中に出没させているのかも。術者はどこかしら」
「レイラ様、申し訳ありません。この雪のせいで、マナの流れはかき乱され、痕跡を追うことができません」
(なるほどねー)
適当に私の趣味と言ってみたけど、これは本当に私とアルベルトの両方を狙ったのかも。ノース家の血縁者が、イブル家に依頼をしたのね。
スノウ剣術学校の正門近くで、私はアルベルトに婚約破棄を言い渡してしまった。イブル家の耳に入るのは自然なことよね。
だから、アルベルトの暗殺依頼を引き受けたんだ。ついでに、子息を撃退した私への報復もするつもりかな。
「ムカつくわね。イブル家の誰かが湖岸にいるわね」
「はい! 俺も、許せません。いかがいたしましょうか。イブル家の子息には、サーチは効きません」
魔導士は、かなり苛立っているようだ。まぁ、そりゃ、探せないわよ。
『水に宿りし精霊は、目覚めし氷のモノを嫌う。水を味方につけるには、従順な心が邪魔となるだろう』
(えっ? 何?)
私の頭の中に、純恋花の導きが蘇ってきた。
水に宿し精霊って、湖を守る精霊『氷花』のこと? 目覚めし氷のモノ? あっ、だから雪?
「湖にいる魔物は、何かの塊に見えるけど、あれは、氷のゴーレムね?」
「えっ? レイラ様はなぜそれを……。おそらく、湖底の氷のゴーレムだと思います。夏場は眠っているはずなので、姿を現すことはありえませんが」
「雪がなければ、きっと氷のゴーレムは動けないわ。それに、そうか、純恋花は、このことを言ってるのね」
湖を守る精霊『氷花』は、夏場は眠っているはずの氷のゴーレムが目覚めたから、嫌がって姿を消したのね。
水を味方につけるなら、ってことは、精霊『氷花』が味方になるってこと? 従順な心が邪魔なら、逆らえばいいってことかしら。
「ねぇ、シャーベット、湖の精霊は何を好むの?」
たぶん、シャーベットよりも、アーシーの方がよくわかっていると思うけど。
「アルベルトさんが、それを今、湖に捧げていますよ」
シャーベットが指差した先には、アルベルトの姿があった。湖の船着場の端で、白く光る花束を持って祈っているように見えた。
(雪の花ね)
静かに湖に浮かべたようだ。だけど、精霊が現れる気配はない。
(従順じゃダメなのよ)
「みんな、よく聞きなさい。宿屋は夜盗に気づいているから、客を外には出さないはず。すなわち、外にいるのは、兵や冒険者、そして招かれざる客よ」
シャーベットとアーシーは、コクリと頷いた。魔導士と護衛の兵はピンときてないわね。
「同時にいくわよ。シャーベットとアーシーはこの一帯に麻痺毒の散布。護衛の貴方達は盗賊の襲撃への対応。魔導士は炎を使って雪をかき消してちょうだい。私は、氷筒を使うわ」
「えっ? 炎はわかりますが、なぜ氷を?」
「いいのよ。薬師の準備ができたら、一斉にいくわよ。炎の詠唱は大丈夫?」
彼らは、首を傾げながらも、準備を始めた。魔導士は私達にもバリアをかけている。今の私には不要なんだけどな。
「アーシー、私のリュックを出して」
「は、はい」
私は、その中から魔道具を取り出し、リュックをアーシーに返す。
「えっ? レイラ様、そんなものをどこに使うのですか」
魔道具の威力を知っていた護衛が、ちょっと慌てたみたい。
「大丈夫よ。気にしないで」
私に答える気がないとわかると、彼は頷き、剣を抜いた。剣が鞘から抜けなくなると思ったみたい。
「準備ができました」
「よし、じゃあ、炎を合図に、一斉にいくよ!」
魔導士が空に向かって魔力を放つと、私はアルベルトのいる湖岸へと駆け出した。
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次回は、7月30日(火)に更新予定です。
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