64、壮大な嘘は……
私は、感情が顔に出ないように耐えた。
アルベルトが、ノース家の血縁者からそこまで追い込まれているなんて、知らなかった。
(なぜ、頼ってくれないのよ……)
私の責任よね。私が彼に婚約破棄を言い渡したから、彼のノース家での地位は揺らいだのだろう。ハワルド家の娘の婚約者という鎧が、ガラガラと崩れたのだから。
だけど、アルベルトがハワルド家に仕えていることに変わりはない。彼は、ハワルド家との縁を切るわけにはいかないのよね。
(私に、何かできないのかしら)
コホンと、マザーが咳払いをした。
すると、私に、アルベルトのことを教えてくれた若い職員は、ハッとして後ろに下がった。それを見て、マザーが口を開く。
「レイラ様、ごめんなさいね。彼にとっても、ノース孤児院は我が家のような存在なのです。借り物の土地は、近いうちに返さねばならないことは、わかっていました。ただ、急な話になりましてね」
「いつ、返すことになるの?」
「もう期限は過ぎています。ですが、今回の養子縁組の会が終わるまでは待ってもらうよう交渉しました。子供達には何も話してないのですが、まるでそれを知っているかのように、皆、養子縁組を嫌がってしまって……」
(なるほどね)
チラッと若い男性に視線を移すと、慌てて私の視線から逃れた。彼が子供達に何かを吹き込んだのね。
マザーが私の嘘を信じて、話に乗ってきたのは、これ以外には、子供達の居場所を確保する方法がないからか。
保育所の年齢を確認したのも、そのためだ。孤児院には、たぶんまだ話せない幼い子も多いもの。
(これは……大変だわ)
蘇生の研究なんて、やる気は全くなかったけど、治癒薬師の地位を向上させたいという想いに嘘はない。
私は、これまでの壮大な嘘を思い返してみた。
今までの私の言動との矛盾点は、多少はある。だけど、趣味の一環ということにすれば、解決するかしら。
盗賊の集落では、私が魔物の魔石や死体を集めていると勘違いされたわよね。あれは、アンデッドを創る研究にも見えるけど、蘇生の実験のための素材だとも言える。
だから対外的にも、納得される要素はあるかしら。でも、慈善事業だという印象を与えると、私のハワルド家での立場が悪くなる。
ハワルド家は、王家からの命令を受けて働く暗殺貴族。その他の依頼を受けないからこその公爵家だもの。どの貴族からも一定の距離を置き、どの貴族にも肩入れしてはならない。
(母は、どう捉えるかしら)
これを慈善事業として行うなら、即刻アウトなのはわかっている。他の貴族から出資させるという話はマズかったわね。
だけど借金ではない。ハワルド家への畏怖を崩さなければ、大きな問題にはならないか。
「マザー、候補地は貴女に任せるわ。出資者については、養子縁組の会に来ている貴族にだけ話してちょうだい」
「えっ? レイラ様、私には多くのツテはありますが」
「養子縁組に来た貴族だけに話すのよ。出資者には条件を付けるわ。蘇生の研究施設に併設する初等学校に通う子供の親に限定する。ただし、その卒業生の中で優秀な者は、私の使用人にするわ。例外は認めない」
「あの、レイラ様。養子縁組の会に来た貴族への口止めは難しいと思います。そのような限定をつけると、ハワルド家との縁を望む多くの……あっ、そうですわね。それが、良いですね!」
(やはり賢いわね、マザーは)
若い職員にはわからないみたい。貴族じゃなきゃ、わからないかしら。
私が要求したのは、慈善目的の貴族だけでなく、もっと広くから出資を募ること。すなわち、チカラのある貴族が出資するようになれば、この施設はより安全になる。
きっと、ハワルド家に仕えさせたい親が、この初等学校に子供を送り込んでくるはず。優秀な護衛付きでね。
「では、すぐにでも動いてちょうだい。今日の養子縁組の会には、身なりの良い人が多かったわ」
「わかりました。私も午後からは出向いてみますね。レイラ様、本当にありがとうございます!」
マザーは私の手を取り、そして拝むかのように額を私の手に当てた。それほど苦しい状態だったのね。
「マザー、勘違いしないでね? 私は慈善事業をするわけではないわ。私の利益になることよ」
「はい、そうでしたね。でも、本当に感謝いたします」
◇◆◇◆◇
それから毎日、私はアーシーを治療院へ送り届けた後、ノース孤児院の定宿に立ち寄るようになった。
だから氷花祭のミッションは、ほとんどサボっていたのだけど、私が変装しないで湖岸をウロつくことで、子供を誘拐しようとする盗賊は居なくなったみたい。
「レイラ様、ずっと宿の井戸が使えないらしいんだ」
チビっ子のリーダー格のレンくんが、そんなことを言ってきたのは、氷花祭が終了する前日のことだった。
「あれから、ずっと使えないの? 外は昼間は暑いくらいよね?」
「ずっと使えないらしいんだ。昨日から冒険者も来て、炎の魔法を使ったけど、氷が溶けないんだって」
(そういえば、冒険者が増えたわね)
「そう。私は魔法は使えないから、どうにもできないけど。でも、変ね。魔導士が炎球を井戸に打ち込んでも溶けない氷なんて、あるのかしら」
「一瞬だけ溶けるらしい。でもすぐに、パリパリの氷が張るみたいだ」
「ふぅん。みんなは、まだしばらく宿にいるのよね?」
「養子縁組の会は明日までだけど、スノウ領側の氷花祭が終わったら、対岸の宿に移るって、マザーが言っていた。孤児院は、今は戻れないんだ」
(強制的な立ち退きか)
「そう。対岸は、こちらより朝は寒いわよ。大丈夫かしら?」
「平気だよ!」
「じゃ、私はそろそろ仕事に戻ろうかな」
私は、いつものようにチビっ子達に見送られて宿を出る。治療院へアーシーを迎えに行き、ダサい帽子を返して、屋敷に戻った。
◇◇◇
「レイラ様、修復はあと3日ほどで出来そうです」
アーシーからは、まだサーフ先生との話が出てこない。気になるけど焦ってはいけないわね。
私達は、話しながら調合室へと入っていく。
「じゃあ、氷花祭が終わっても行くのね」
「そうなると思います」
アーシーの顔が少し赤い。これは近いうちに、楽しい報告が聞けるかしら。
(あれ?)
純恋花の光が……おかしいわ!




