59、再び湖岸へ
「アーシーを、ひとりにはできないわ」
「レイラ様、ありがとうございます! でも、あの女性達の修復には、しばらく時間がかかりそうですが」
「私は適当に時間を潰すから、気にしなくていいよ。じゃあ、明日の朝ね」
私は、アルベルトに変な話をしてしまった後、アーシーを連れて、慌てて対岸へと戻り、ダサい帽子を返した。そして、その勢いのまま、屋敷に戻ってきた。
そして、その翌日、すなわち今日は、アーシーには薬師としての仕事があったから、私は、夕食までの時間を私室で過ごしていた。
(やらかした……)
嘘をつくと、その嘘を隠そうとしてさらに嘘を重ねることになる。壮大な計画を話そうとして、壮大な嘘を吐いてしまったわ。
丸一日、言い訳を考えたけど、何も良いアイデアは浮かばなかった。明日アーシーの付き添いをすると決めたら、うたた寝したとき、夢にまで出てきたほどだ。
『この世界の者には信じられないでしょう。私も夢物語だと思うわ。だけど、治癒魔法を使える人がいるんだから、不可能ではないはずよ。治癒の最高位にあたる術が蘇生だと思うの』
(ほんと、夢物語よね)
『蘇生の研究には、多くの人と膨大な時間が必要だわ。いっそのこと、治癒術と薬学を一度に学べる施設をつくっちゃおうかしら』
(はぁ、私は、あのときの私を殴りたい)
でも、こうなったら仕方がない。アルベルトから詳細の説明を求められたら詰んでしまう。絶対に、アルベルトと会わないようにしなきゃ!
調合室で、薬師達と夕食を食べた後、チラッと見えた純恋花の光が、少し強くなっているような気がした。綺麗な青色だけど、さらに澄んだ色に見えた。
写本で確認してみたけど、光の強さに関する記述はなかった。つまり、導きも変わってない。
鮮やかな青色の球体の導きは……。
『水に宿りし精霊は、目覚めし氷のモノを嫌う。水を味方につけるには、従順な心が邪魔となるだろう』
(何度読んでも、謎すぎるわね)
◇◆◇◆◇
翌朝、アーシーと一緒に、氷花祭の手伝いミッションに行った。受付では、また、ダサい帽子を渡された。迷子捜索を嫌がる人が多いらしい。
「アーシーは香水をつけるといいわ。薬師学校の学生が多いから、顔バレしない方が楽でしょ」
「レイラ様は、変装しないのですか」
「私は、ノース領側をうろつくなら、このままの方がいいの。きっとアルベルトは、私が平民の姿に化けてるって思ってるでしょ?」
私がそう説明しても、アーシーは首を傾げた。
「アルベルトさんにバレたくないなら、変装する方が良くないですか?」
「それじゃダメなの。裏をかくべきよ」
(く、苦しい言い訳だわ)
だけど、純朴なアーシーは不思議そうにしながらも、頷いてくれた。
(変装するわけにはいかないのよ)
「じゃあ、適当な時間に迎えに来るわね」
「はい、かしこまりました」
まだ不思議そうにしているアーシーを、治療院のサーフ先生の元に送り届けると、私は素早く治療院を離れた。
◇◇◇
アルベルトに見つからないように気をつけながら、私はダサい帽子を被ったまま、湖岸を歩いた。
(なんだか懐かしいわね)
子供の頃にも、誰かに見つからないようにと、慎重に湖岸を歩いたことを思い出した。
今の私は術を使えば、誰にも知られずに行動できる。だけど、術は使わない。その方が楽しいもの。
あのパン屋でお土産を買いたいところだけど、例のパイの催促だと思われるかしら。忘れないように、氷花祭の最終日に、取りに行かなきゃね。
チラッと、養子縁組の会の様子を眺めた。今日は、身なりの良い大人が多い。見覚えのある子供の姿も見えるけど……。
(マザーは、やはりいないわね)
私は、焼き菓子の店に立ち寄り、たくさんのクッキーを買った。そして、ノース孤児院の定宿へと向かう。
(あの子の記憶は、戻ったかしら?)
◇◇◇
「まぁ、レイラ様、こんにちは」
「こんにちは、マザー。ちょっとサボりに来たんだけど、いいかしら?」
「ふふっ、お仕事中なんですね。もちろん、どうぞ。子供達も喜びますよ」
「ありがとう、お邪魔するわね」
(あら? 何?)
なんだかマザーが、クスクスと笑っている。私が仕事をサボりに来たと言ったからかな。
「新たに引き取った子供達の様子はいかが? まだ、あまり話せないかしら」
「ええ、まだ厳しいようです。お腹は減っているはずなのに、ほとんど何も食べてくれない子もいます。私の力不足ですね」
「マザーの責任ではないわよ。誘拐だけでも辛いのに、母親まで失った子は、その小さな心が耐えられないのね。記憶を失った子は、さらに辛い経験をしたわね」
「レイラ様は、お優しいですね。ありがとうございます。ですが、こういうときに寄り添うしかできないことが、大変もどかしく……」
「マザーは、それでいいのだと思うわ。いつもドンと構えて優しく見守ってくれる人が、子供達には必要だと思うもの。それぞれ、人には役割があるものだわ」
「ええ、そうですわね。そろそろ紅茶が届くかしら」
カチャカチャと食器の音がする。紅茶を淹れてくれてるのね。
私は、マザーに偉そうなことを言ったと自覚している。だけど、私はこれでいい。マザーにとって私は、たまに顔を出すヤンチャなお嬢様なのよね。
幼い頃に、マザーが言ってくれた言葉が、今でも、私の記憶の端に残っている。
『レイラ様が立ち寄ってくださると、悪い大人が来なくなるんですよ』
当時の私には、全く意味はわからなかった。でも、マザーが喜んでくれている気がして、誇らしかったな。
あれは、暗殺貴族ハワルド家を恐れる者が、ノース孤児院への大胆な行動は制限される、という意味だったと思う。
孤児院の多くは、資金難に陥っている。ノース孤児院も例外ではないだろう。寄附をする貴族もいるだろうけど、借金もあると思う。
コンコン!
「いらっしゃいませ。あっ、パンの人だ!」
お盆を持って、そーっと部屋に入ってきたチビっ子達。ニコニコしてくれるけど、やはり記憶は戻ってないのね。
「今日は、クッキーを持ってきたよ」
「わぁっ、クッキーの人だぁ」
空いたお盆に、お土産のクッキーの袋を乗せると、ピカピカの笑顔でチビっ子達は戻って行った。
(さて、本題に入ろうかしら)




