46、迷子の管理のミッション
「迷子じゃないのね?」
「うちにかえる。おかね、ちょうだい」
私の問いに対して、同じ言葉を繰り返す4歳くらいの男の子。私に短剣を突きつけているけど、刺す勇気はないみたい。
3歳から5歳くらいのチビっ子が6人か。兄弟姉妹ではなさそう。なぜこんな場所に、子供だけで来ているのかな。
「おかね、ちょうだい!」
アーシーに短剣を突きつけている男の子は、気が強そう。あの子は本当に刺してしまいそうね。
「レイラさん……」
アーシーは、こんなチビっ子達に怯えている。もしかすると、去年も同じ経験をしたのかも。
「アーシー、怯えたふりはしない方がいいよ。その方が、この子達のためだもの」
「えー……いえ、あの」
私は、私に短剣を突きつけている男の子に、ゆっくりと手を伸ばす。
シュッ!
男の子が慌てて短剣を振る。
「あっ! ひぃぃん」
私の右手を切った男の子は、流れ出た血に驚いたみたい。まぁ、私がわざと血管の上を切らせたから、派手にダラダラと血が流れてるもんね。
「坊や、この程度なら、お金を脅し取れないわよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
私が切られても平気な顔をしていたからか、もしくは血が恐ろしくなったのか、チビっ子達の表情はひきつっていた。何人かは、本気で泣いているわね。
しかし、異様な事態だ。祭に来たチビっ子が、短剣を突きつけてお金を脅し取ろうとするなんて。
操っている大人がいると思って、周りを探していたけど、それらしい大人は見当たらない。
「ここには、どうやって来たの?」
「ひかりをふんできた」
そう言って指差した先には、特徴的な小屋があった。あの印は短距離移動か。対岸との行き来ができる転移魔法陣の小屋ね。
「大人とは一緒じゃないの?」
「大人なんか、信用できるかよ!」
5歳くらいの男の子が、吐き捨てるように、そう言った。この子達から見れば、私も大人なんだろうな。
「まぁ、それは正しいわね。大人なんか信用しちゃいけないわ。アナタ達のような子供に近寄ってくる大人の大半は、ろくでもない人間よ」
「えっ? あー、うん」
否定されると思ったのか、男の子はキョトンとしてる。
「だけど、中には、助けてくれる大人もいる。それを見抜くチカラがないなら、すべてを疑うのが正しいわ」
「どうすれば、見抜けるんだよ」
「そうね、経験と勘かしら。だけど一番確実なのは、真偽を写す魔道具ね。嘘をついているかがわかるの」
「まどうぐ?」
「ええ、精霊様の加護を利用した魔道具よ。でも高価だし、持っている人は少ないわ。だから、すべての大人を疑いなさい」
「う、うん、わかった」
(素直ね)
「それから、一つ教えておくわ。この程度の剣の技術しかないなら、剣は使わない方がいい。返り討ちに遭うと、小さな子は確実に殺される」
「でも、お金を出すだろ」
「出さないわよ。私も彼女も、その気になれば、アナタ達を一瞬で動けないようにできるもの」
「えっ……あっ、大人なんか信じないからな!」
あっ、さっき私が教えたことを覚えていたのね。誘拐を防ぐためにも、まずは一旦疑うことが大切だもの。そして、その言葉の真偽を判断できるようになれば、それが生きる術になる。
「アーシー、この子達に使う毒薬を作って」
「えっ? レイラさん、本気ですか?」
「死なない程度の毒薬にしてあげてね」
私が目配せをしてそう言うと、アーシーは草から、何かの薬を作った。
「ふざけてないで、飲んでください。止血薬です」
アーシーに渡された小瓶を開けて、私は回復薬を飲んだ。流血は止まり、傷もスーッと消える。
「うおっ! す、すげぇ」
傷が治る様子を見ていたチビっ子達は、目を丸くしていた。泣いたり怯えたり驚いたりと、感情の変化が忙しい。
アーシーに短剣を向けていた男の子は、剣を鞘に収めた。それを合図に、次々と短剣を収納していく。
(ちゃんと判断できているわね)
私達からお金を脅し取ることを諦めたみたい。でも、解決にはならないわね。この子達が生きるためにこんなことをしてるなら、このままでは、きっとすぐに殺される。
「薬師なのか?」
アーシーに剣を向けていた男の子が、このグループのリーダーみたい。見た目は幼いけど、しっかりしてる。
「ええ、まぁね」
アーシーが返答すると、チビっ子達は彼女から少し離れて、私の方へ寄ってくる。これほど薬師を恐れるのは、やはり盗賊の子ね。
盗賊の子供は親を早くに失うことが多く、学校にも行かずに盗賊になる子が多い。他の可能性を知らないからよね。
「アナタ達は、どこから来たの? 送り届けるわ。それが私達の仕事なのよ」
「ノース孤児院……」
(脱走したの?)
「スノウ領じゃなくて、ノース領から来たの?」
そう尋ねると、チビっ子達は頷いた。ノース孤児院は、ここからはかなりの距離がある。逃げ出したとしても、どうやってここまで来たのだろう。
「あぁ、ここにもいたか。冒険者さん、助かったよ」
(コルスさん?)
あっ、そっか。変装の香水を使ってるから、気づかないのね。アーシーも、クスッと笑ってる。知らない人のふりをしておこう。
「ここにもいたかって、どういうこと? この子達は、ノース孤児院から来たって行ってるけど」
「対岸で、大規模な養子縁組の会をしているから、多くの孤児が集まってるんだよ。少し前に盗賊の集落で、たくさんの孤児が発見されたからね」
(あっ、もう一つの集落ね)
「親を失った子を欲しがる大人が集まっているのね」
「まぁそうだけど、嫌な言い方をするね。善意から、親のいない子を引き取ろうとする人が多いよ」
(私だとバレてないわね)
スノウ家の次男は、平民が相手でも話し方や態度は変わらない。まぁ、私達が冒険者だからかな。
「本当に善意かしら? 私、人の善意って信用できないの。この子達は、それを敏感に感じ取ったんじゃない?」
「キミも孤児だったのかな? 悪い大人ばかりじゃないんだけどな。とりあえず対岸に連れ戻してくれる? キミに懐いてるみたいだからさ。これも仕事だよ」
スノウ家の次男は、私がかぶってるダサい帽子を指差した。もともと、対岸からの脱走も想定してたのね。
(懐いてる?)
後ろを振り返ってみると、チビっ子達は全員、私を盾にして隠れていた。
皆様、いつもありがとうございます♪
今週から、日曜月曜お休みします。
次回は、7月2日(火)に更新予定です。
よろしくお願いします。




