45、氷花祭の始まり
「すっごい人ね」
翌朝、私達は氷花祭の手伝いミッションで、スノウ領とノース領を隔てる大きな湖の湖岸に来ていた。
朝早いためか、夏なのにとても寒い。
私は、薬師学校の学生がよく身につける短いローブを着てきたけど、これでは寒すぎる。すぐに暑くなると言っていたアーシーも、少し寒そうにしているわね。
今、ミッションの受付のため、共通ギルドの現地カウンターに並んでいる。期間中いつ働くかは自由だから、来たという記録が必要みたい。
「初日と最終日は、特に人が多いんですよ」
「だから、その二日は来てくれと言ってたのね。まだ、祭が始まる時間じゃないのに、気の早い人が多いのかしら」
「祭の始まりと終わりには、湖の精霊様の加護が与えられる、と信じられているからだと思います」
「何か、恩恵があるの?」
「湖面がキラキラするそうですが、私にはわかりません」
「ふぅん。まぁ、これだけたくさんの屋台が出ているから、早く回りたい人もいるのかもね」
「ふふっ、レイラ様も回りたいんですね」
アーシーは、楽しそうな笑みを浮かべていた。この湖岸の澄んだ空気で、気分も良くなったのかも。
「そうね。あっ、あの香水はあるかしら?」
「ありますよ。受付が終わったら使いましょう。レイラ様は有名人ですから」
(ん? 逆じゃない?)
さっきからアーシーは知り合いらしき人に、やたらと挨拶されている。薬師学校の学生には、顔を知られているみたいだし、冒険者にも挨拶されてる。
だけど、アーシーの性格からして、目立ちたくないのだろう。まぁ、私の素性を知る人と会ったら、一気に周りにも知られてしまいそうだもんね。
暗殺貴族ハワルド家の娘が来ていることが広まると、祭のムードを壊してしまいそうだわ。
「はい、受付完了です。お二人には、迷子の管理をお願いしますね」
(迷子の管理?)
「あの、私達は、救護テントではないのですか。私は薬師ですし、彼女は毒の知識があります」
アーシーが慌てて、ギルド職員に尋ねた。
「救護テントは、主に薬師学校の学生に依頼しています。学生に対処できないときは、是非チカラを貸してください」
「でも、迷子の管理って、冒険者がやることでは」
「お二人はギルド登録者ですから、冒険者ですよ? それに迷子は、怪我をしていたり、ケンカに巻き込まれていることもあります。一般冒険者と薬師の組み合わせは、とてもありがたいんですよ」
私達は、『迷子捜索』と書かれた帽子を受け取った。
(だ、ダサいわ)
「ミッションを抜けるときは、このカウンターに帽子を返却してくださいね。さぁ、パトロールをお願いします」
(これか……)
アーシーが必死に抵抗していた気持ちが、よくわかった。まぁ、仕事だから、仕方ない。
「ダサいよね」
「えっ? あぁ、この帽子ですか。そうですね、こんな黄色い帽子は目立ちますね」
屋台の小屋の裏で、アーシーは私と自分に、変装の香水をプシュッと吹きつけた。しばらくしてから、ダサい帽子をかぶる。これで、見知らぬ平民に変装できたのね。
「水に濡れると、香水は消えちゃうかしら?」
「多少の雨なら大丈夫ですが、湖に入ってしまうと、元に戻ります。あと、いくつかの魔法でも消えるみたいですが、まだ、実例が少ないので正確にはわかりません」
「そっか。じゃあ、良い実験にもなるね。それから、私の名前の呼び方には気をつけてよ?」
「あっ、そうですね。わかりました、レイラさん」
「私がアーシーって呼んでしまうから、レイラでいいよ? アーシーの方が年上だし」
「ひぇっ、それは無理ですよ」
ヒュルヒュルヒュル〜
氷花祭の開始を告げる笛の音が鳴り響く。
(あっ、キラキラしたわ)
その音に応えるかのように、湖面がキラキラと輝いた。寒いからより一層、綺麗なのね。湖面の煌めきに呼応して、湖上のマナが輝く。湖の精霊様が現れたかのような、神々しさを感じる。
(素敵ね)
こんなキラキラを、アーシーと一緒に見るのも悪くはないんだけど、アルベルトが横にいてくれたら、もっと綺麗に見えるような気がした。
(む、胸が苦しいわ)
湖岸に寄っていき、マナの光をつかもうとする人が出てきた。すると、その真似がどんどん広がっていく。
私には見えない何かが見える人もいるのか、これを湖の精霊様の加護だと勘違いしているのか……。
バチャン!
(あーあ、落ちた)
湖岸の管理の冒険者が、慌てて、湖に落ちた人を救出していた。こんな寒い朝の湖に落ちたら、ただでは済まない。そのまま、救護テントへ運ばれていく。
「アーシー、あの人は大丈夫かしら」
「救出が早かったから、大丈夫ですよ。それより、レイラさん……」
(あっ! もう迷子?)
屋台がズラリと並ぶ一角に、数人のチビっ子の姿が見えた。親とはぐれたのか、みんな涙目になってるみたい。
私は、アーシーと顔を見合わせ、そのチビっ子達の方へと移動した。
「あ、あの、レイラさん……」
「ん? 何?」
「私、子供とどう接すればいいか、わからないんです」
アーシーは、チビっ子達より泣きそうになってる。彼女は、子供と触れ合うことがなかったのかな。帽子のダサさより、そのせいで迷子の管理を嫌がっていたのかも。
「私が話してみるから大丈夫だよ」
「す、すみません。小さな子が集まっていると、怖くて……」
(ん? 何かトラウマがあるのかな)
私は、一番小さな子供の目線に合わせて、しゃがむ。
「おはよう。どうしたの? みんな涙目になってるよ」
「ふぇっ、ふえっえっ」
(あちゃ、でも、何か変ね)
まるで、獲物を見つけたような目をする子もいた。
「誰かと、はぐれちゃった?」
チビっ子達は、泣いているし涙も出ているけど、少し大きな子は、やはり獲物を見つけたような目をしている。
(そういうことか)
アーシーは、立ったまま、周りを警戒しているように見えた。おそらく、このチビっ子達は盗賊なのね。一番小さな子は3歳くらいだろうか。だけど、短剣を持ってる。
「うちにかえる。おかね、ちょうだい」
そう言って、私に短剣を突きつけてきたのは、4歳くらいの男の子。背後にいたアーシーがヒッと小さな悲鳴をあげた。アーシーにも、別の男の子が必死な顔をして短剣を突きつけている。
(やだ、なんだか可愛い〜)




