44、願いが叶うという氷花祭
翌朝、私はアーシーと一緒に、スノウ領の薬師ギルドを訪れていた。そして、初ミッションの報告をして、採取したサーフローズの報酬を手に入れた。
「アーシー、私、Eランクに上がったみたい」
「初ミッションをクリアした証ですよ」
今朝のアーシーは、昨日よりは顔色は良い。やはり、昨日、強引に呼び出したのは正解だったと思う。サーフローズに関する説明をしているうちに、彼女の表情は明るくなっていったもの。
(だけど、まだ元通りじゃないわね)
薬師ギルド前で知り合いに挨拶されたときは、やわらかな笑みを見せていたのに、ここに入った瞬間、表情がこわばっていた。微かに漂う薬草のニオイで、あの集落での出来事を思い出してしまうのね。
私は、スノウ家の次男の姿を捜した。一昨日の報告書の内容を聞くためだ。女子供を誘拐した集落に、あの薬師の坊やがいたのかを調べてくれたはず。
(姿が見えないわね)
薬師ギルド内は、今日はとても混んでいる。コルスさんも忙しいのかもしれない。
「アーシー、あっちに行ってみよう。なんか、すごい人だかりだよ」
「はい。あぁ、新たな掲示板ですね。冒険者ギルドと一部が統合されたから、緊急ミッションや大人数募集のミッションが、ここにも掲示されるようになったみたいですね」
「ふぅん、じゃあ、見てみようよ。私、もう一つくらいランクを上げたいわ」
「ふふっ、レイラ様は、冒険者制度に興味を持たれたみたいですね」
(あっ、お姉さんっぽい笑顔)
「アーシーがCランクなのに私がEランクだと、同じミッションを受けられないこともあるでしょ。薬師もランクを上げる方が、この先きっと有利だわ」
「まぁっ! レイラ様が私の護衛をしてくださるのですか。光栄です!」
アーシーは、照れたような笑顔を見せた。いつものアーシーね。だけど、まだだわ。彼女が現場で調薬するようなミッションを一緒に受けて、トラウマを克服させないと。
人だかりの左奥には、臨時の受注カウンターが設けられているみたい。かなりの人が並んでいる。
(あっ、居た!)
薬師ギルドの責任者であるスノウ家の次男は、その受注カウンターを手伝っている。私がジッと見ていても、視線には気づかないみたい。まぁ、彼は鈍いもんね。
「レイラ様、氷花祭のお手伝い募集のようです!」
「ひょうかさい? 何それ」
「スノウ領とノース領を隔てる大きな湖での祭です。氷が溶ける夏の朝にだけ氷の花が現れて、願いを叶えてくれるという伝承の……」
「あー! 恋人同士で行くと結ばれるという祭ね」
「そういう噂もありますね。氷の花を一緒に見つけることができれば恋人になれるとか」
(それよ! それ!)
私の頭には、アルベルトの顔が浮かんだ。彼と一緒に、氷の花を見つけることができれば、婚約者に戻れるかも!
(でも、どう誘えばいいの?)
アルベルトに婚約を破棄すると言った私が、どんな顔をしてそんなことを……。
「アーシーには、恋人はいるの?」
「へ? い、いないです」
「でも、好きな人はいるよね?」
そう尋ねると、アーシーの耳が赤くなった。
「えっと……ひ、秘密です」
(バレバレだよ?)
「そっか。アーシー、このミッションを一緒に受けてみよっか。大きな祭なら、怪我人が出るかもしれないし。あら? 薬師も大量に募集してるわね。そんなに大勢が怪我をするの?」
「氷花祭は、気温差で体調を崩す人が多いのです。去年も行きましたが、今は夏なのに、湖岸の朝は氷が張るほど冷えますから」
(なるほど)
「じゃあ、薬師学校の人達も、ミッションを受けるのね」
「はい、3年生は強制参加でした。私が担当の日は暖かくて、氷の花は現れなかったみたいですが」
「へぇ、じゃあ、今年は見つけたいわね。サーフ先生も来るかしら?」
私が突然、その名前を出すと、アーシーは明らかに動揺してる。でも、私は気づかないフリをしておこう。
「はい、サーフ先生は、祭の期間中ずっと常駐されると思います。とは言っても、ずっとスノウ領側にいるわけじゃなくて、対岸のノース領側に行っていることもあって」
「ん? なぜ、対岸に行くの? 珍しい植物があるのかしら」
「それもあるでしょうが、対岸にはノース領の大きな治療院があるからだと思います。あの……一昨日にアルベルトさんが女性達を運ばれた……」
「あっ! そっか。湖岸の治療院って言ってたわね。あの辺りは、とても静かな場所なのよ。そういえば、私はノース領側しか知らないわ」
ノース領側は、大きな治療院と礼拝堂があることで有名だ。夏は涼しいから、大勢の人が避暑地として訪れることもあり、宿屋も多い。
私も、これまでに何度か、夏の避暑地として訪れたことがある。だけど、氷ができるほど寒い印象はない。スノウ領側とは気候が違うのかしら。大きな湖だけど。
「ギルドカードを……おわっ!」
私達は、スノウ家の次男の列に並んだ。まさか、カードを見るまで私達だと気づかないなんてね。
「コルスさん、疲れてるわね?」
「あはは、はぁ、疲れてるぜ。氷花祭ミッションの参加ありがとう。今年は、特に人員が必要だからありがたい」
「今年は何かあるの?」
「あぁ、対岸が、ほら、あのアレだからな」
「ちゃんと話してくれないと、わからないわ。ノース領側が何? 治療院に女性が運び込まれた件かしら?」
「それもある。あー、そうか、話してなかったな。ただ、今、ちょっと忙しいんだよな」
確かに、今、何かを話すわけにもいかないわね。すぐ後ろに並ぶ人達がイラつくもの。
「別にいいわ。適当に情報収集するから。あの坊やが見つかったか否かだけ、教えて」
「既に売られていた。だけど、引き渡しの日にノース領の中心街で大きな騒乱があったらしい。その隙に、逃げ出したみたいだ」
「その後の行方は?」
「わからない。ノース領のことだからな」
その後、コルスさんは何か言おうとしたけど口を閉じた。たぶん、アルベルトに聞けと言いたかったのね。だけど婚約破棄を知ってるから、言えなかったのか。
(ほんと、優しいよね)
「氷花祭は明日から10日間だ。可能なら、初日と最終日は、休まないでほしい。仕事内容は現地で指示がある。俺も期間中は、ずっと常駐予定だ」
「はーい、じゃ、明日ね」




