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42、忙しそうな調合室にて

 翌朝、私は預けた魔法袋を取りに調合室へ行った。


「みんな、忙しそうね」


「はい。急な仕事が入りました」


 すれ違った薬師からは、邪魔するなよという圧を感じる。こういうときは私は黙ることにしている。これは、子供の頃に学習したことだ。


(追い出されるもんね)


 急ぎの仕事が入ったとき、普通なら私が調合室にいることも目障りだろう。だから私は、空気に徹する。


 幼い頃、一度騒いで痛い目に遭ったとき、忙しい薬師に逆らうと死ぬと学習したのよね。当然、彼らに殺意はない。だけど、毒薬を調合している薬師に絡むと、大きな事故に繋がることを、幼い私は学習した。


(火傷したんだっけ)


 急いでいるときの薬師は、調薬のみに集中するため、周りへの注意力が欠ける。だから、調合室をウロつく子供に気づかない。今、考えれば当たり前のことね。



 私は、私物を置いてある棚の中に、昨日シャーベットに預けた魔法袋がいれてあるのを見つけた。本来なら薬棚なんだけど、その一部を私が占領している。


 私が10歳になってすぐの頃、シャーベットが私を気遣って、薬棚の一番下の引き出しを私のお菓子入れにしてくれたのが始まりだった。


 それから、少しずつ私の占領する引き出しは増えていき、6年経った今では、その薬棚の下半分の引き出しはすべて、私の私物入れになっている。


(そろそろ、明け渡すべきかしら?)


 薬師達には、これまで迷惑をかけてきた。たまにシャーベットを通じて叱られることもあった。でも、私の私物置き場があることには、誰も文句は言ってない。


 もう、お菓子を隠す引き出しの役目は終わったけど、この棚はこのままでいいか。たまに、年配の薬師が懐かしそうな目で、この引き出しを見てるもんね。


(でも、少し減らすべきかも)


 今は、調合室は殺気立ってるから、のんびりしているときに片付けようかな。



 私は、昨日採取したサーフローズを取り出してみた。採取用の袋に入れてあるから、この状態なら臭くない。これを乾燥させれば、甘いハーブティになるのよね。


(あれ?)


 採取したときは、丸いコブの下を切った。だけど、あのコブというか目玉が、消えているような気がする。


 天井に向け、光の当て方を変えてみたけど、やっぱり無いみたい。採取してから丸一日も経ってないけど、目玉って消えちゃうのかしら。



(あっ! 変わってる)


 サーフローズの先に、純恋花の光が見えた。


 こないだ見たときは、白銀色だったはずだけど、今は、鮮やかな青色に輝いている。


 純恋花に関する写本を見てみたいけど、今、本棚へ向かうのは無理ね。途中の作業台には、ベテラン薬師が集まっている。たぶん、難しい調薬をしているはず。




「レイラ様、何か変なことを企んでません?」


「ひゃっ、びっくりした。何よ、シャーベット、危ないわね」


 後ろから突然低い声で話しかけられると、あやうく反撃しそうになる。シャーベットは暇なのかしら? ということは、今、皆が調薬しているのは毒薬ね。


「危ないのはレイラ様の方ですよ。今、そのサーフローズの保存袋を開けようとしてませんでしたか。強烈な臭いが調薬中の素材に作用すると、大変なことになりますよ」


「そんなことしないわ。私まで、くっさくなるじゃない」


「それなら、何をしてたんですか」


「目玉が消えてるから、変だなって思って。でも、強く触ったらマズイでしょ? だから角度を変えて見てたのよ」


「目玉? 何のことですか?」


(あれ? 知らないんだ)



「サーフローズは、採取するときに目玉より下を切るの。うっかり目玉の上を切ると、目玉が開いて、くっさい花粉を撒き散らすのよ」


「あぁ、茎にマナ溜めがあるのですね」


「違うよ? 花粉を飛ばす目玉だよ」


「目から花粉は飛びませんよ? それにハーブティにできる植物に目があるなんて、信じられないのだけど」


「アーシーも見たよ? あれ? 今日、アーシーは休みなの?」


 そう尋ねると、シャーベットは少し困ったような表情を見せた。不安そうにも見える。



「アーシーさんは、少し疲れが出たみたいで、今日はお休みですよ」


(確かに疲れるよね)


 シャーベットは、母娘だとは秘密にしているみたいだけど、娘を心配するのは当然ね。


「酷な現場だったからね。大丈夫かしら」


「レイラ様、お気遣いありがとうございます。アーシーさんには、いい経験になったはずですよ。ただ、いろいろと怖くなったのかもしれませんね。はじめは、皆、そういうものです」


 アーシーは、私とは違って、おとなしいし真面目だもんね。昨日、あの集落に連れて行った私のミスだわ。まさか、あんなことになっているなんて、予想もしなかったから。



「私としては、アーシーの有能さがわかって良かったと思っているわ。ただ、つい最近まで学生だった人には、あまりにも酷な現場だったと思う」


「ええ、アーシーさんは、薬草がなくても薬を作ることができるから、現場に適正があるはずです。ただ、技術と心の成長は、別なのですよね」


(あっ、シャーベットも……)


 シャーベットは、様々な薬を完璧に作ることができる調合師だけど、治癒薬師として働いている。本来であればシャーベットも、現場向きのはず。だけど、自分が作った薬で人が死ぬことを辛いと感じるようになると、技術はあっても、心がついていかない。


 ハワルド家の薬師なら、そんなことは甘えだと言うだろう。そして、そのトラウマを抱えたまま仕事を続けた結果、シャーベットは現場に行くことが難しくなったのかもしれない。


(それで、休ませたのね)


 アーシーは真面目だから、今日の休みをどう感じただろう。自分と似た部分があるからこそ、シャーベットは休ませたのだろうけど、たぶん、その判断は間違ってる。




「シャーベット、すぐにアーシーを呼んでちょうだい」


「えっ? いえ、今日は休みを……」


「サーフローズの目玉の謎は、アーシーにしかわからないのよ? これが爆発したらどうするの!?」


「まさか、爆発なんて……」


「サーフローズは、純粋な植物じゃないわ。群生地では意思疎通もするし、一つの目玉が開くと連鎖的に開いていくのよ?」



「ほう? 未開地の植物ですか」


(うぎゃ、来ないで〜)


 私が苦手な、毒薬専門の薬師が近寄ってきた。



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