41、レイラ、落ち込む
「コルスさん、湖岸の治療院に運びます。礼拝所もありますから」
アルベルトはそう言うと、転移の魔道具を取り出した。
「待って。さっきの男が変なことを言ってたけど……」
「その件については、コルスさんにお尋ねください。私はお先に失礼します」
アルベルトは、魔道具を操作した。
彼や兵はもちろんだけど、カウンター内に並んでいた死体と床下から救出した女性、さらにこの店で働いていた女性も、転移の光に包まれた。
(誘拐された女性全員ね)
出入り口を塞いでいた兵が消えると、店内にいた客は、慌てて店から出て行った。
「コルスさん、私達だけ残されたわね」
「そうだな。とりあえず、この集落を出ようか」
まだ青い顔をしているアーシーと手を繋ぎ、私達は店から出ていく。
(居ないわね)
家に隠れたのか、ノース家の兵に捕まったのかはわからないけど、ほとんど人影が見えない。
「住人は、捕まったの?」
「いや、逃げたんじゃないか? 俺達が集落に入ってきたときには、逃げる準備を始めていたと思うぜ」
「ノース家の兵が来たからね?」
「あぁ、ここは盗賊の集落だからな。逃げる先も事前に確保してあると思う。あの道の先の集落には、冒険者とスノウ家の兵が行ったけどな」
「あの道の先って……」
「女子供を誘拐して、人身売買をしてる盗賊の集落だ。たぶん、この集落より格上じゃないかな」
「そっか……」
私達は、盗賊の集落を出ると、そのまま無言で未開拓地の出入り口へと歩いていった。
まだ話したいことはあったけど、夕方の未開拓地は危険だ。途中、何度か魔物と遭遇したけど、スノウ家の次男がすべて対応してくれた。
(コルスさんって、けっこう強いのね)
◇◇◇
「ふう、やっと戻ってきたな」
未開拓地の出入り口まで戻ると、そこには、スノウ家の家紋をつけた兵がたくさん居た。それに冒険者もいる。
「さすがコルス様だ! 迷子の学生を無事に見つけたんですね。お嬢さん達に怪我はないですか?」
(ん? 迷子?)
「あぁ、大丈夫だ。先に戻ってくれてよかったんだぞ」
「日が暮れてきたので、さすがに帰れませんよ。アルベルトさんは?」
「彼は、現地で解散した。別の用事が入ったみたいだからね。あっ、レイラさん、近くの転移魔法陣まで送りますよ」
スノウ家の次男の言葉で、待っていた冒険者達が不満そうな顔をしてる。彼を薬師ギルドまで送り届けるのが、彼らの仕事なのかも。
「コルスさん、それは不要よ。アーシーが帰還の魔道具を持っているわ。もう、ここなら使えるから」
「そうか。じゃあ、ここで。もう一つの集落についての報告は、明日中にはまとめられると思う。気になるなら明後日にでも、薬師ギルドに来てくれ。採取ミッションの完了報告もその時でいいよ」
(あの坊やの行方ね)
「ええ、わかったわ。ありがとう」
◇◇◇
「アーシー、鼻の中が、かゆいわ。変な虫に刺されたのかもしれない」
ハワルド家の裏庭に戻ってくると、私はすぐに不調を訴えた。するとアーシーは戸惑って、キョロキョロしている。
「えーっと? どうすれば……」
アーシーは、私の嘘に困ってるみたい。こういう所はまだまだね。少しすると、シャーベットが出てきた。
「レイラ様、未開拓地に行かれたんですよね? まずは、身体を洗ってください。それでも鼻がおかしければ、調合室にお越しください」
「わかったわ。じゃあ、一旦、私室に戻るわね」
「レイラ様! 虫だらけで私室に戻ると、使用人が困ります。洗い場へ直行してください。着替えは、誰かが持ってきてくれるはずですから」
「じゃ、魔法袋だけ預けておくわ。薬師ギルドのミッションで摘んだの。間違えて捨てられたら困るから」
(これで確実に、調合室へ行けるわ)
私は、アーシーと一緒に、洗い場へと移動した。
「レイラ様、あの……」
「あぁ、アーシーは初めてよね? ここは、まさに洗い場なのよ。仕事が終わった人が、汚れを落とすの。ここでは身分は関係ないから、ビビらなくて大丈夫よ。個室だし、扉を閉めれば見えないわ」
「は、はい」
血のニオイがする洗い場に、アーシーは戸惑っているみたい。まぁ、恥ずかしいのかもしれないけど。
頭から湯をかぶって、特殊な石けんで身体を洗う。私は床下の穴に入ったから、アーシーの消臭薬が洗い流されると、すごい異臭が復活してきた。
生存者3人は、大丈夫だろうか。彼女達も身体を洗うと、この臭いが復活してしまうよね。特殊な臭いを落とす石けんを、アルベルトは用意しただろうか。
彼は、湖岸の治療院に運ぶと言っていたっけ?
私がなぜ床下の穴から死体を引きあげさせたか、その理由を説明できなかった。
でもアルベルトなら、何も言わなくても、私が何を考えたのか、わかってくれると思う。
亡くなった女性は、家族の元に返したい。子供を産んだ女性ばかりなら、その子供達に返してあげなきゃ。
きっと、アルベルトはすべてわかっているから、湖岸の治療院に運ぶのね。あの辺りは、とても美しく静かな場所だ。家族との別れに適している。
アルベルトは本当に優しい。ハワルド家に仕えていても、人の心を失わない。あんな人は、他にはいないよね。
(また、苦しくなってきた)
アルベルトは、私が婚約を破棄したから、いずれは別の人と結婚するだろう。そして、ノース家を継ぐんだわ。
彼は、どんな人と結婚するのかしら。
そのとき私は、どんな顔をすればいいの?
そういえば、さっき、あの盗賊薬師が変なことを言っていた。私が、魔石と死体のコレクターだとか、闇魔術の素材だとか。禁忌を侵して処分されないようにとも言っていたっけ。
(あっ、アルベルトの策略ね)
魔石の話を始めたのは、アルベルトだ。彼はきっと、あの男の考えを誘導したのだろう。
ハワルド家の娘として、ヤバそうな趣味があることは、逆に誇るべきこと。闇魔術が何かは知らないけど、アルベルトは、私への畏怖を高め、そして、あの坊や自身が狙われないようにと、考えたのね。
(賢すぎる)
アルベルトはハワルド家にとって、有能で役立つ使用人だ。そんな彼との婚約を破棄したことが母に知られたら、大変なことになりそう。
何より、こんなに好きなのに、なぜ婚約破棄するなんて、言っちゃったんだろう……。
皆様、いつも読んでくださってありがとうございます♪
おかげさまで10万字を越えました。物語は、プロット通りに進めば20万字程度での完結を予定しています。予定は、しばしば狂いますが……(*゜艸゜*)
これまで毎日更新しておりましたが、今週からは、日曜月曜お休みをいただき、火曜から土曜の週5回更新に変更する予定です。また土曜日にお知らせします。
よろしくお願いします♪ (*´-`)