4、悪循環
アルベルトに渡された軽装に着替え、私は建て付けの悪い扉をガラッと開けた。
(やっぱりね)
予想通り、ここは物置小屋だったみたい。扉の先は、中庭のようだった。青臭い香りが漂っている。
暗い夜だ。まだ暗さに目が慣れなくてよく見えないけど、乾燥させて使う薬草を干してあるみたい。
「お嬢様、もう、立てるようになったのですか」
私の姿を見つけたカルロスが、駆け寄ってきた。彼からは薬草の匂いがする。ここで作業をしていたのかな。少しオドオドしてるけど、本当に私の怪我を心配してくれていることが伝わってくる。
「ええ、おかげさまでね」
だけど暗い中庭を歩くのには、少し不安があった。無様に転けるわけにはいかない。杖が欲しいところ。
「あっ、足元が……し、失礼します!」
数歩ヨロヨロと歩いた私を、カルロスが戸惑いながらも、しっかりと支えてくれた。
足元には、木桶らしきものが並んでいる。彼が支えてくれなかったら、これにつまずいて転けていたわね。
(この気遣いは、まさしく薬師カルロスね)
乙女ゲームでは、カルロスは、アルベルトの有能な側近として描かれていた。様々なことにいち早く気付き、自分の危険なんて気にしないで行動する、献身的で純粋な人だ。
カルロスは、乙女ゲームと同じ性格なのね。これは異質な存在だわ。基本的に薬師は、金のためなら何でもする強欲なタイプが多いもの。
「あっ、すみません! お嬢様に失礼でしたよね」
私が何も言わなかったからか、カルロスはすっごく焦った顔をして、パッと離れた。
「いえ、ありがとう。ちょっと足が痛んだから、返事が遅れたわね」
私がそう言うと、カルロスは心底ホッとしたような笑みを浮かべた。
「昨日の大怪我ですから、痛むのは当然です。治癒ポーションを使うか悩んだのですが、表面の傷を塞いでしまうと、身体に毒が回ることがあります。襲った魔物がゴーレムらしい、ということしかわからないので、流血を止めない方法を選択しました」
(話が難しいわね)
「貴方が治療をしてくれたのね。ありがとう」
「兄さんは手が離せなかったので、僕が……あっ、でも、使った薬は兄さんが調合したものだから大丈夫です。品質は高いはずです」
カルロスは、自信なさそうにオドオドしている。まだ見習いなんだっけ。でも治療に対しては誠実だし、お兄さんを尊敬していることも伝わってくる。
「なるほど、鉱物系ゴーレムの可能性を想定したのですね。確かに、ゴーレムの種類によっては、治癒ポーションは危険だ。それで麻痺毒草も使ったのですね。左足を動かすと、毒が体内に回る危険が増すから」
(わっ、アルベルトが笑ってる)
いつの間にかアルベルトが近くにいた。私に着替えを渡したとき、扉の外にいる、と言っていたから、私が気づかなかっただけかもしれないけど。
「は、はい、アルベルト様、あ、あの、はい、その通りで、あ、えっと、お、おっしゃる通りです」
アルベルトに突然話しかけられたせいか、カルロスは大混乱中みたい。私と話すときとは比較にならないほど緊張している。
(私の素性を隠して正解だわ)
「そんなに緊張しないでください。俺は、鉱物系ゴーレムの可能性に気づかなかった。ノース領ではあまり見ないからね。だが、ゴーレムは種類が多い。さすが薬師だな」
(あっ、ムズムズする)
今までの私なら、ここで、アルベルトを思いっきり非難していたわね。さっき小屋の中で、治癒ポーションで治ると言っていたから、私をゴーレムの毒で殺す気なのかと責めたと思う。
私が何も言わないためか、アルベルトは少し変な顔をしていた。私が暴言を吐くと思って、構えていたのかも。
このムズムズする感覚は、本来の私の感情ね。だけど、前世の記憶を取り戻した私はもう、ただの15歳の小娘ではないわ。
「私の治療をしてくれたカルロスさんは、薬師として雇ってもらえる先を探しているみたいよ。彼のお兄さんが言っていたわ。だから、帰ったら私が……」
「お嬢様の屋敷には、薬師はいますよね?」
(あれ? 何か変ね)
ハワルド家は、たくさんの薬師を雇っているから、この兄弟を雇うくらい何でもないと思う。
「確かに薬師はいるけど、ふたりくらい……」
「お嬢様! 少しは、ご自分の頭で考えてから喋ってください」
「私は、ちゃんと考えてるわよ! 雇い主のいない薬師は危険でしょ! 私を助けてくれたんだから、雇ってあげても……」
「今後、似た事件が頻発しても、お嬢様はその度に薬師を雇うようにと旦那様に進言するおつもりですか。何十人、何百人と?」
「何を言ってるの? 転落事故なのよ? そんなことが頻発するわけないわ! 貴方、正気なの? 高台から落ちた私より貴方の方がおかしいんじゃなくて? どこで頭を打ったのかしら?」
(あっ、しまった……)
私はいつもこんな風に、アルベルトをバカにしたり、嫌な暴言ばかり吐いてきた。
彼の表情がスーッと冷えていく。笑顔も見せていたのに、また無表情だ。
「お嬢様、そういう事件もあります。薬師の雇用は、使用人を雇うのとは訳が違うのですよ」
確かに、雇い主を探す薬師が、貧民に何かの事件を起こさせてそれを助ける形で雇用を狙った、という話は聞いたことがある。一度成功すると皆がそれを真似して、類似の事件が多発するのだ。
(こんな顔で説教されるから、イラつくのよ)
私は、湧き上がるイライラを必死に抑える。完全に私達の関係は、悪循環ね。話せば話すだけ険悪になっていく。
アルベルトは、きっと私を教育しようとしている。おそらく、誰かから命じられているのだろう。
こんな風に、無表情で正論をぶつけるから、15歳の私は反発してきたのよね。しかも、アルベルトが孤児だった過去から、私は平民に説教されているような屈辱を感じる。
(なるほどね)
乙女ゲームで、私が悪役令嬢として描かれていたのも、納得できる。客観的に見れば、私は、わがままで自尊心の高い悪役に相応しい令嬢だわ。
「まぁ、カルロスさんなら、私の屋敷で雇ってもいいですが」
(あっ、私って言った)
私が黙っていたからか、アルベルトはポツンと呟いた。彼は自分のことを、私と言うときと俺と言うときがある。
(何か法則性があるのかしら?)