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39、救出、そして……

「この臭いは……」


 アーシーが駆け寄ってくる。


「お姉ちゃんは来ちゃダメ!」


(あっ、しまった)


 私がアーシーを制したことで、アルベルトがビクッと反応した。だけど、私に向けた表情は先程とは変わらない。


(何とか、ごまかさなきゃ)



「私は、慣れてるのよ。死体には」


 私がそう言うと、アルベルトは微かに頷き、口を開く。


「3人くらいと言ってましたね? 生存者がいるなら、急がねばならない。開けますよ?」


「ええ、大丈夫よ」


 私はアーシーが作った回復薬を持った。


 アルベルトは、床板を外していく。2枚3枚と外され、中の様子が明らかになってきた。強烈な臭いで、目がしみる。何? 人を生きたまま捨てたということ?


 店内全体に、この異様な臭いが広がっていく。店にいた客はカウンターから離れ、外に出ようとしたが、ノース家の兵によって出入り口は封鎖されている。


 彼らは、慌てて窓を開けたようだ。でも、窓からは大人は出られそうにない。密閉された店内に漂う刺激臭は、窓を開けたことで、集落に広がりそうね。



 地下室から兵が2人戻ってきた。彼らも、強烈な臭いに驚いているようだ。だけど、すぐに状況を察したのだろう。カウンター内で待機している。


 私は、完全に床板が外された穴に目を向けた。何人いるのだろう? 上から見ていても動く人は見つけられない。この中から生存者を探して回復薬を飲ませるには……。


(私がやるしかないわね)




「アナタが引き上げてちょうだい。私が中に入るわ」


「えっ? 何を……」


 アルベルトは、目を見開いた。聞き返さなくても、意味はわかるはずなのに。彼も冷静ではないのかもしれない。私も怒りで爆発寸前だけど。


「上から見ていても生存者は探せない。身体の小さな私が入る隙間しかないわ。アナタは、亡くなった方を丁寧に引き上げてちょうだい」


「はい。…………かしこまりました」


(完全にバレてるわね)


 だけど、そんなことを気にしてる場合じゃない。私は、下から支えて、アルベルトが死体を引き上げるサポートをする。


 かなり腐敗が進んでいる人もいた。下敷きになっている人は時間的に長く放置されていたのだろう。腐敗臭や熱は、上にあがるのか。上の方にいる人も腐敗が始まっている。


 誰かが持っていた魔道具の影響だろうか。穴の中には、一定のマナが保たれていたようだ。それを吸収する能力のある人は、水も食料もないこんな場所でも、生きていられたのね。


 だけど命が尽きないことは、逆にどれだけ苦しかっただろう。こんな死体の山に埋もれて、正気を保つことは不可能だ。


 生存者は3人。とても弱っているけど、なんとか回復薬を飲ませることができた。



 すべての人を穴から引き上げた後、アルベルトは、私に手を差し出した。


(ん? 私だとバレてない?)


 私は少し迷ったけど、アルベルトの手を取る。彼は私を、グッと強い力で引き上げてくれた。こんな時なのに、ドキッとしてしまう。


「本当に、貴女という人は……」


(やっぱ、バレてる)


 だけど、アルベルトの表情には戸惑いが見えた。いつものように説教はしない。あっ、もう婚約破棄しちゃったから、私の教育をする必要がないからか。


 私の胸は、またギューッと苦しくなってきた。でも、これは私の自業自得だわ。私が、婚約破棄を言い渡してしまったのだから。




 カウンター内に戻ると、亡くなった人が床に整然と寝かされていた。ノース家の兵が、彼女達の汚れた顔を丁寧に拭いている。アルベルトが指示したのね。


 腐敗が進んでしまった人の顔は、性別さえわからない。穴の中に保たれていたマナの影響で、白骨化はしてないけど。


 アーシーは、青白い顔をしながらも、壁沿いに座らせた生存者3人の治療を始めていた。


(頑張ってるわね)


 アーシーはハワルド家に来て、まだ半年も経っていない。こういう現場は、おそらく初めてのことだろう。あまりにもひどすぎる現場だから、トラウマにならなきゃいいけど。




「なっ? レイラさんだったのか! ということは、その薬師はアーシーさん?」


 スノウ家の次男は、カウンター内に戻った私に、驚きの目を向けていた。彼はそんなに鋭くないはずなんだけどな。


 店内にいる男達に目を向けても、私を見る表情が明らかに変わっていると感じた。


(あっ、もしかして……)



「私の見た目が、元に戻ってしまったのかしら」


 ポツリと呟くと、アーシーがパッとこちらへ振り返った。そして、コクリと頷く。


 床下の穴に入ったから、香水が消えてしまったね。私の身体からは、もう変装薬の匂いはしない。



 私は、店内をグルリと見回した。そして、店主だと言っていた男に目をとめた。スノウ家との繋がりがあったらしい盗賊薬師だっけ? レイリッヒ伯爵家から追放されたとか言っていたわね。


 その男は、私の視線に気づくと、好戦的な笑みを浮かべた。随分と自信があるみたい。レイリッヒ伯爵家に雇われていた薬師なら、その気になれば、店内の空気を毒に変えることも可能かも。


 彼がいつから居たのか記憶にない。あっ、地下室から出てきたのか。地下室への出入り口は、カウンター内の階段だけではないようだ。さっきアルベルトが、護衛に傷を負わせて泳がせたって言ってたもの。



 アーシーが、私の身体に消臭薬を振ってくれた。それでも鼻の奥にしみついた臭いは消えない。


「アーシー、彼らの消臭もしてあげて。床の彼女達も」


「はい、かしこまりました」


 アーシーは手早く消臭薬を作ると、カウンター内にパッと振りまいた。店内に満ちていた刺激臭は一瞬で消える。


 ようやくスノウ家の次男も、ふーっと息を吐いた。彼も、こういう場面には慣れてないみたい、




「コルスさん、貴方がここへ来た理由は何かしら?」


「へ? あぁ、俺は、アルベルトさんがレイラさん達の様子を見に行くと言ったから、ついて来たんだ。まさか、ノース家の兵を潜ませていたとは驚いたけど」


「そう。首謀者は……あっ、変なことしないでね。アーシーは貴方より調薬が速いわ。私が貴方の両手を切り落とす方が早いかしら」


 私は店主に、冷ややかな視線を向けた。


「まさか……イブル家か」


「は? 失礼ね! 私が、あんな頭の悪い奴らに見えるの? まぁ、ハワルド家の出来損ないって言われてるけどね」



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