38、隠されていた地下室
「なんだ? おまえらは。ここは飯屋だ。どこかと間違えてないか」
私に下品な笑みを向けていた男達が、剣を握り、カウンターの外へ出て行った。カウンター下のあちこちには、剣や飛び道具、統一感のない様々な武器が置いてある。
(すべて盗品かな)
「俺は、ハワルド家に仕えるアルベルト・ノースだ。このひと月、おまえ達の動向を調査した。ノース領から多くの女性を誘拐し、おかしな酒場をやっていることは明らかだ!」
アルベルトはそこまで話すと、チラッと私に視線を向けた。
(ば、バレた)
「ハワルド家だと? クッ、何を言っている? 女子供を誘拐して売っているのは、俺達じゃねぇぞ!」
「おまえ達に比べれば、人身売買の方がまだマシだ。子を産んだ女性ばかりを狙っていると聞いていたが、こんなに若い女性までオモチャにするのか。ここに通う貴族への罪はさらに重くするよう進言する。他の女性はどこにいる? 30人以上は攫ったはずだ」
(あれ? バレてない?)
この店は、いわゆる風俗店らしい。しかも貴族が通っているのか。被害に遭っているのは、アルベルトが継ぐノース領の女性? 子を産んだ女性ってことは、子供から母親を奪ってるってこと?
なぜ、子を産んだ女性を狙うのかしら。若い女の子ではなく、母親がいいってこと? 母親ばかりを誘拐するなんて……大罪だわ!
「ここは、スノウ領だぜ? ノース家が勝手に荒らしていいのかよ」
テーブル席にいる中年の男が叫んだ。さっきまでは居なかった人かも。
「問題ない。俺が同行しているからな! レイリッヒ伯爵家から追放されたらしいな。おまえのせいで、薬師が襲われているんじゃないのか、盗賊薬師!」
スノウ家の次男が店内に入ってきた。
「チッ! コルス坊ちゃんですか。随分と偉そうになりましたねぇ。だが、すべては何の証拠もない戯言だ。勝手に俺の店に土足で踏み込んでくるとは、なんと愚かなことだ」
「ふん、すぐに見つけるさ」
アルベルトもスノウ家の次男も、地下室の存在には気づいているみたい。だけど、そこへの階段が、見つけられないのかも。私も確実に見たわけじゃないけど。
「カウンター内に、地下への隠し階段があるわ」
私がそう言った直後、アルベルトはひらりとカウンターを飛び越えてきた。
(カッコいい〜)
「お嬢さん、どこですか」
「あの女性が立つ床に取手があるわ。たぶんだけど、その下が地下室になってる」
私が話し終わったときには、もうアルベルトは隠し階段を見つけていた。そして、数人の兵が一気に降りて行く。
「この樽の下あたりに、3人くらいの人がいるわ。たぶん、かなり衰弱してる。救出するなら優先すべきだと思う」
私が早口でまくし立てたけど、アルベルトにはきちんと伝わったみたい。
「お嬢さん、協力に感謝する。我々の兵が保護するから、もう大丈夫だ」
「え、えぇ」
アルベルトは、ふわっと柔らかな笑みを私に向けた。乙女ゲームで見た、あの素敵な笑顔。
(くぅ〜、カッコいい)
香水が効いているから、私が平民に見えているのよね。だから、こんな笑顔を……。
(うー、胸が痛くなってきたわ)
キン!
地下から剣の音と、誰かが斬られたような鈍い音も聞こえた。
「地下室に行った兵は、苦戦してるかも」
「厄介な護衛がいるようだな」
そう言うと、アルベルトが自ら地下室へ降りて行った。強い護衛がいるとわかると、自分が行くのね。
「お姉ちゃん、こっち来て!」
私はアーシーに手招きした。店内には、スノウ家の次男がいるから、名前を呼べない。
コルスさんは、知り合いらしき男に剣を向けている。入り口には、集落の人が集まってきたみたいだけど、ノース家の兵が出入りを止めているのね。
(ポンコツだわ)
入り口を守る兵は経験不足ね。盗賊の集落を甘く見てる。今にも首をシュッとやられそう。
アーシーがカウンター内に入ってきた。これでもう気にせずに投げられるわね。
「お姉ちゃん、回復薬が必要だよ。衰弱した人が救出されるはず。この棚に薬草があるよ」
「わかったわ。すぐに……」
「調薬スピードに気をつけて。早すぎるとアーシーだとバレる」
小声でそう付け加えると、アーシーは軽く頷いた。
私は、さっき見つけた飛び道具を手に取り、その時をジッと待った。
「入り口の人達、危ない!」
私が叫ぶと、室内を見ていた兵はパッと後ろを向いた。
(違うのよ……)
なぜ、安全な前に逃げないかな?
私は、飛び道具を投げた。すると、兵を殺そうとしていた男達が、スッと避けた。兵が前に逃げていたら、今ので仕留めることができたのに。
兵はギリギリ回避して、なんとか無事みたい。あっ、一人は、ちょっと斬られてるかも。
「お嬢ちゃん、助かったよ」
「助かってないよ。また来てる。店に入って外を見張る方がいいよ。店内にいる客も、いつ動くかわかんないけど」
「あ、あぁ、確かに」
ノース家の兵は、店の扉を閉めた。まぁ、それが無難ね。室内には客が5人に対して兵は2人。他の兵は別の場所に行ったみたい。
スノウ家の次男もいるけど、彼は知り合いの薬師から目を離さないだろうな。
(ここは、やっぱ私かしら?)
見慣れない飛び道具を物色していると、アルベルトが地下室から、手ぶらで戻ってきた。
「あれ? 救出は……」
「お嬢さん、下にはそんな人は居なかったよ。一応、護衛は、傷を負わせて泳がせたが……」
そう言うと、アルベルトは治癒ポーションを飲んだ。アルベルトからは、血の臭いだけじゃなく、なんだか、すごく変な臭いがしてる。地下室の臭いなのかな。
「でも、樽の下あたりは、足音が変わるの」
「ん? そうなのか?」
アルベルトが、コツコツと靴音を立てて近寄ってくる。そして、樽の近くの音の違いに気づいたみたい。
「土でもないし、何かが詰まってるみたいでしょ?」
私がそう言うと、アルベルトは軽く頷き、店内を見回した。
「店主、この樽の下には何がある?」
「何もねぇよ」
そのやり取りで、何かあると確信したみたい。アルベルトは、樽の近くの床や壁を調べ始めた。そして……。
ガタン!
床板が一枚ズレた瞬間、強烈な臭いがカウンター内に広がった。
(う、嘘……こんな……)
床板の隙間から見えたのは、何かをつかもうと伸ばした、動かない手だった。




