37、盗賊の集落にて
「すっごく広い集落ね。あら? この奥から外へ出る道があるわ。どこに繋がってるの? 畑かしら?」
「あぁ? 畑なんてねぇよ。姉ちゃん、まだ里の中を歩き回りたいのか。もういいだろ」
私は、アーシーの手を引き、盗賊の集落の中を調べている。私達に下品な笑みを向けていた男達は、今のところ集落の案内をしているけど、そろそろ限界かしら。
アーシーが作動させた魔道具によると、この集落には、幼い子供はいないみたい。戦闘力の色分けでしか表示されないから、絶対にいないとは言えないけど。
「広いんだもの。子供が隠れそうな場所を、ひと通り捜したいわ。協力してくれるんじゃないの?」
「もう歩き疲れたぜ。ちょっと休憩しないか? あそこに、飯屋があるんだよ」
(なるほど、そういうことね)
チラッと、アーシーに視線を向けたけど、やはりダメだと合図してくる。
だけど、さっき魔道具には、妙な反応があった。私はその場所の調査をしようと思ってる。男達に警戒させないために近寄ってなかったけど、飯屋だという場所が私の目的地だ。
「私達、あまりお金はないの」
「それくらいなら出してやるぜ?」
「ふぅん、でも、どうしようかな。食べ慣れない物を食べて、お腹を壊したばかりなのよね」
「普通のメシしか出てこないぜ。まぁ、休憩しようや」
(そろそろ良いかしら?)
ある程度の警戒心を見せないと、逆に怪しまれる。男達は、建物の扉を開けている。このくらいの警戒でいいのかしら。
「レイラさん、マズイですよ」
アーシーが小声で囁いた。
「マズイ場所だから行くのよ。あの建物には地下室があるわよね? 人の反応が重なっていたわ」
「えっ? あ、見てませんでした」
「ダメよ、今、魔道具を触っちゃ。あの建物の奥の方で、人の反応が重なっていたわ。しかも右奥は、弱い反応が重なっていた。地下2階まであるのかも」
「地下室の何がマズイのでしょうか」
「こんなに広い集落に、わざわざ地下室は必要ないわ。未開拓の森林で、地下室は危険だもの」
「えっ? 貯蔵庫かも……あっ、魔物?」
「ええ、スノウ領にはゴーレムが多いし、未知の魔物もいるわ」
「じゃあ、地下室は監禁……」
アーシーは口を閉じた。だけど、もう迷っている感じではない。覚悟を決めたみたいね。
◇◇◇
店の中に入ると、何だか変な臭いがした。蒸れた皮というべきか、あまり嗅ぐことのない臭い。
「嬢ちゃん、そこの席にしな」
2人掛けの小さなテーブル席しかない。私達を、真ん中の席に座らせ、彼らは私達と扉の間に座った。
奥には、長いカウンター席がある。魔道具の反応からして、カウンター席からカウンター内に、地下室がありそう。
「あ、あの……」
メニュー表らしき物を持ってきた女性が、私達に必死に何かを伝えようとしていた。メニューを開き、いくつかを指差している。
それが繰り返されたとき、男達がドンとテーブルを叩いた。私は気づかないフリをしていたけど、彼女が指した文字は、はっきりと見えた。
に・げ・て
だけど、私達が逃げると、きっと彼女はひどい目に遭うよね。それに、アーシーがキリッとしてるから大丈夫。
「今のがオススメ料理なのよね。どうする? 私、温かいものがいいな」
「そうですね。どうしましょうか」
アーシーと目配せをして、料理を悩むフリをする。そして、店内をキョロキョロと見回してみた。
働いているのは、すべて女性ね。まぁ、それはいいとして、気になるのは、その目に光がないことだ。うつろな目という表現は適切ではない。すべてに絶望している目。
カウンター席に座る客は、カウンター内の女性を舐めるようないやらしい目で見ている。
(そういう場所か)
カウンター内に一人の客が入ると、洗い物をしていた女性の頭をつかみ、床へ押し当てたように見えた。おそらく、地下室への階段があるのだろう。だから、魔道具の反応が重なっていたのね。
(ん? 右奥は?)
地下室が広いのかもしれないけど、右奥には、弱い複数人の反応があった。
「おい!」
「きゃっ、今日はお許しください!」
私達に、メッセージをくれた女性が腕をつかまれていた。彼女は、おそらく一番最近、連れてこられたのだろう。
「アーシー、さっきの香りの効果はどれくらい続くの?」
「丸一日くらいです」
(じゃあ、安心ね)
私達は、平民に見えている。その方が動きやすいわ。アーシーが、怒りでブチ切れる前に、右奥の地下を調べたい。
「お姉さん、これって何ですか? 字がよくわからないの」
私がそう言ったことで、彼女の腕を掴んでいた男は、手を離した。彼女は、私の方へ近寄ってきた。私が文字が読めないと思ったらしく、口パクで、逃げてと言ってきた。
(カウンターから見えちゃうよ)
「お姉さん、カウンターの右の方に並んでいる樽は何ですか?」
「えっ? あ、あの……」
(その樽の下が見たいのよ)
カウンター席にいた男が、ニヤニヤしながら声をかけてくる。
「お嬢ちゃん、来て見たらいいんじゃないか? この店は、カウンター内も出入り自由だぜ」
「そうなの? じゃあ、見せてもらおうかな」
アーシーに、身を守るようにと目配せをして、私はカウンターへ近寄っていく。
「左の方からしか入れないのね」
右のカウンターの一部が外れることに気づいたが、私は左側からカウンター内へ入った。
さっき、男女が消えた付近の床には階段はない。ただ、床下収納庫のような取手は見えた。これを開けば、地下室への階段がありそうね。
私はそこを素通りして、右奥へと歩いていく。
(降り口はないわね)
ただ、自分の足音の響き方が少し変わったことに気づいた。地下2階があるんじゃなくて、この下に人が集められているような、空洞を感じない音。
「姉ちゃん、まだ若いようだが、カウンター内は大人の場所だぜ?」
ふと気づくと、カウンター席にいた男が、目の前に立っていた。そして背後にも別の男がいて、ヘラッと下品な笑みを浮かべている。
「もう逃げ場はないぜ? グハハ」
(きっもっ)
「それは、こっちのセリフだわ! アナタ達には……」
バンッ!
店の扉が乱暴に開いた。
「もう逃げ場はないぞ!」
(えっ? アルベルト?)
店に飛び込んで来たのは、アルベルトとノース家の家紋を付けた大勢の兵だった。




