36、未開拓地の入り口にて
レイラとアーシーが盗賊の集落に入った頃、彼らは、湿地に落ちた盗賊を捕縛し、未開拓の森林の入り口まで戻ってきていた。
そこには、大勢の冒険者を連れたギルドマスターが待機している。鎧を身につけたスノウ家の警備兵もズラリと整列していた。
「カイル様、盗賊は捕まりましたか」
「一人だけね。レイラさんに斬られて右腕に大きな傷がある。湿地に蹴り飛ばされたようだから、このままだと確実に死ぬだろうね」
冒険者ギルドマスターは、拘束されている男に、チラッと視線を向けた。その盗賊は、顔からダラダラと汗を流し、斬られた右腕は赤く腫れ上がっていた。
「カラカウ草の湿地に落ちたのか。傷からカラカウの毒が入ったのだろう。特殊な毒だから有能な薬師に見せないと助からない。薬師ギルドに戻るまでもつかな?」
学生達の中から、薬師学校の教師が、ギルドマスターに近寄っていく。
「カラカウの解毒薬は調合が難しいですが、これで中和できそうです」
そう言って彼が渡したのは、アーシーが大量に作っていた弱い毒薬だ。
「これは?」
「私の教え子が作った毒薬ですよ。カラカウの毒とは真逆の構造になっていましてね。器用な子ですよ。この毒を学生達が浴びてしまっても、すぐそばの湿地に近寄れば中和されると考えたのでしょう」
「む? そのような毒薬を用意して行ったのですか」
「いえ、彼女は、襲撃を受けたその場で調合していました。少し臆病な子なのですが、主人の指示が的確でしたね」
薬師学校の教師サーフがそこまで話すと、ギルドマスターは、スノウ家の兄弟に視線を移した。
「その二人は、どちらに?」
「あー、現地解散といいますか……説明が難しいな」
そこへ、アルベルトと騎士風の男が現れた。ギルドマスターは、少し緊張したのか表情をこわばらせている。
「その二人は、盗賊の集落へ向かったようです。ただ、その入り口で、魔道具から反応が消えましたが」
すると、スノウ家の次男が慌てたようだ。
「レイラさんの反応が消えたんですが? なぜ……」
「コルスさん、混乱させてしまいましたね。おそらく、認識阻害の薬を使ったのでしょう。まぁ、あの二人なら心配はいりません。たとえ高ランク冒険者が取り囲んでも、負けることはないはずです」
アルベルトがそう答えると、スノウ家の次男は、ホッと息を吐いた。
「レイラさんは、そんなに強いのですね」
「優秀な調合師を連れた彼女は、騙されなければ無敵ですね。騙されなければ、ですが」
「えっ? 騙されると、どうなるんですか」
不安げな表情を見せたコルスに、アルベルトは穏やかな笑みを向けた。
「まぁ、簡単に捕まるでしょうね。警戒心が無く、人を疑わないのが、彼女の致命的な欠陥ですから。ほんと、困ったお嬢様です」
そう言いつつ、アルベルトの表情は、やわらかい。
「アルベルト殿、わざと逃した者が戻ったのは、ただの盗賊の集落の方です。人身売買をする集落は、やはり隠されていて見つかりません」
アルベルトと共に行動していた騎士風の男は、魔道具をにらみながら、そう告げた。
この騎士風の男は、騎士ではない。薬師ギルドのギルドマスターだ。今、薬師が狙う複数の暗殺者が多いから、薬師だと悟らせないための変装のようだ。
「いえ、わかりましたよ。盗賊の集落からの道があるでしょう? その盗賊の集落は、他の集落への道を塞ぐ役割があるようです。集落は、不自然に広いじゃないですか」
「おぉ! 確かに、二本の道があります。どちらかが人身売買をしている盗賊の集落ですね」
すると、冒険者ギルドマスターが口を開く。
「両方だろうな。おそらく協力関係にある。一方は、薬師を殺害する依頼を受けている集落だろう。もう一方は、誘拐された女子供を売っているんじゃないか」
「では予定通り、牽制に動きましょうか」
スノウ家の長男はそう言うと、スノウ家の警備兵の方に視線を向けた。
だが、アルベルトはそれを制し、口を開く。
「カイルさん、スノウ家は未開拓地では慎重に行動する方がいいです。下手に兵が集落へ入ると、スノウ家の屋敷を襲う正当な理由を与えてしまいますよ」
「えっ? 未開拓地もスノウ領ですよ?」
「ですが、管理されてない未開拓地です。占拠している者達は、自分達の集落を守るためだと主張するでしょう。おそらく、潰された貴族の子息が集まっています。ただの盗賊に、ここまでの組織力はありません」
「そんな……潰されたイブル家か」
「いえ、イブル家は潰されていません。ただ、イブル家との繋がりのある貴族でしょう。逆の言い方をすれば、暗殺貴族イブル家が見逃して匿っているかもしれませんね」
アルベルトの話で、スノウ家の長男の表情は凍りついていた。それほどイブル家を恐れているのだとわかる。
「では、俺達はどうすれば……」
スノウ家の長男は、アルベルトに、すがるような視線を向けた。
「そうですね。スノウ家は、未開拓地を少しずつ減らしていく方がいい。冒険者の方々には、その依頼があったことにしませんか」
すると、冒険者ギルドマスターが大きく頷いて、口を開く。
「アルベルト殿は、策士ですな。それでいきましょう。未開拓地の地図化のために雇われて来てみたら、盗賊に襲われて逃げてきた学生達に遭遇した、という感じですな」
「ええ。そして二人の学生の姿がない。冒険者の皆さんは、地図化よりも森林で迷子になった学生の捜索に向かうことにした、というのはいかがでしょう?」
「す、すごいな。アルベルトさんは。それならスノウ家の兵も堂々と行動できます!」
スノウ家の長男は、アルベルトに尊敬の眼を向けている。この二人の年齢はあまり変わらないが、経験では圧倒的にアルベルトが上だ。
「皆さんは、盗賊の集落の右手の道の先の集落に向かってください。誘拐された人がいるはずです」
「いや、二手に分かれて、両方の集落に……」
スノウ家の長男の提案に、アルベルトは首を横に振った。
「もう一方の集落は、今回は近寄らない方がいい。あの集落には、おそらくイブル家の協力がありますよ」
「わかった。じゃあ、俺は?」
「カイルさん達は、薬師学校の方々を街まで連れ帰ってください。私は、お嬢様の様子を見てきます」




