35、変装の香水
「へぇ、思ってたより大きな集落ね。行くわよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! レイラさん、本気ですか。学生さん達を置いてきたし……」
「護衛がいるんだから、私達がいなくても大丈夫よ」
「でも、その姿のままではさすがに……」
そう言うと、アーシーは不思議な形の薬瓶を出した。あぁ、魔法で花を育てる花師が使うスプレー瓶かな。毒薬を吹き付けるのに便利だと聞いたことがある。
「レイラさん、これは、認識阻害用の噴霧薬を花から作ったときに、偶然出来たものです」
「ん? アーシーは、花からでも薬を作れるのよね? 違う薬になったの?」
「はい。説明しても信じられないと思うので、ちょっと失礼します」
アーシーは、プシュッと自分と私に、その薬をスプレーした。
(いい香りね)
生花の香りというより、爽やかな香水みたい。認識阻害の薬だと言っていたけど、私はアーシーのことがちゃんと認識できている。認識阻害薬としては、失敗作ね。
「変装薬と名付けています。私達の見た目は、ただの平民に見えています」
「別に変装したようには見えないわ。アーシーは、普通にアーシーよ?」
「同じ香りを纏っているためです。この香りを身につけてない人からは、私達は平民に見えるんです」
(意味がわからないわね)
私が首を傾げたからか、アーシーは、ふわっと笑った。また、お姉さんっぽい笑みね。
「よくわかんないけど、これで、集落に入ってもいいのね?」
「良くはありませんが、とりあえず素性はバレません」
◇◇◇
私達は、堂々と集落へ入っていく。
「おい! 何者だ!?」
集落の門番なのだろう。剣ではなく、長い棒を持っている。こんな門番を置くなんて、ここが怪しい集落だと自ら暴露しているようなものね。
さっきの香水が、本来の認識阻害の薬じゃないことは明らかだ。ハワルド家の薬師が作る認識阻害の薬は、ふりかけると、見えていても見えないもの。だから、呼び止められるわけがない。
アーシーは、棒を向けられて怯えてしまったみたい。私ではなく、私より3つ年上のアーシーを警戒するのね。
いつもなら、同じような服を着ていても、私が貴族だと悟られる。これが香水の威力かしら。平民に見えるって、こういうことなのね。
(面白いわ!)
「なぜアナタは、そんな棒を向けるの? 私達が何かしたのかしら」
私は、その棒を払い、思いっきり睨んでみた。だけど、門番は怯まない。特有能力を使わなくても、大抵は怯むのに。
(この香水ってすごいわ!)
「ガキのくせに、妙な言葉を使いやがって。ここは、他の里の者は立ち入り禁止だ。未開拓地で迷ったのなら、あの道を進めばいい」
門番は、適当な方向を指差している。言われた通りに進むと、さらに未開拓の奥地に入り込んでしまうわね。
「私達は、迷子ではないわ。人を捜しているの。入らせてもらうわよ」
「は? 誰を捜している? 名前は?」
(言うべきではないわね)
薬師の兄の子がここに捕らわれているなら、売値をつり上げる理由になるかも。あっ、でも、今の私は平民に見えるんだっけ。
「世話になった人の子供を捜しているの。保護を頼まれたから……」
「迷子の子供なんて、この里には来てねぇよ。他を当たりな」
「勝手に入り込んでしまったかもしれないわ。私達は、すべての集落を調べているの」
アーシーが魔道具を出すと、門番は棒で叩き落とした。
「そんな勝手なことをさせるかよ!」
すると、アーシーが口を開く。
「貴方のせいで、地図の魔道具が壊れてしまいました。弁償を要求します! それを拒むなら、冒険者ギルドに訴えます!」
(アーシー、頑張ってる)
「はぁ? 地図の魔道具だぁ? おまえが勝手に落としたんだろ! それに、そんな高価な物をおまえのような小娘に買えるわけねぇ。どこから盗んだ?」
「盗んでいません。坊やを捜すために借りたものです!」
アーシーが操作していたのは、たぶん相手の戦力サーチの魔道具だ。この周辺にいる人間の戦力を色分け表示する。たぶん、子供が隠されている場所を探したのね。
そして、魔道具は叩き落とされたくらいでは壊れない。地面に落ちた状態だけど、今も集落全体をサーチしているはず。
「何の騒ぎだ?」
集落の中にいた何人かが集まってきた。
「迷子のガキですよ。一人は剣を持っているから、冒険者かもしれませんぜ」
(へぇ、よく見てるわね)
短いローブで隠れているけど、確かに私は短剣を装備している。
「ふん、その年齢のガキは要らん。あっちの里に目をつけられるからな」
(その方向って……)
門番が指差した方向だ。この未開拓の森林にはいくつかの盗賊の集落があって、互いに規律を決めているようだ。
「集落の中を捜すだけよ。なぜ、そんなに拒むの?」
私がそう言ったとき、アーシーが魔道具を拾い、合図をしてきた。情報収集は完了したみたいね。
「不審な者を入れるわけにはいかないんだよ。小汚い平民は、何をするかわからねぇからな」
(平民って言ったわ!)
情報収集ができたから、もう用はない。アーシーは、ここには坊やが居ないと合図してきたもの。だけど、どう理由をつけて引き下がるか。
「アニキ、下っ端の一人が捕まったらし……い、いや」
(さっきの盗賊だわ)
駆け寄ってきた男は、私達を見て口を閉じた。香水の効果が切れたのかしら。私は、ローブ内に左手を入れた。すぐに、短剣が抜ける。
「アニキ、この女達は、何なんすか? 入里希望者?」
(あれ? わかってない?)
「いや、子供を捜しているらしいが、生意気な奴らだ」
「冒険者っすかね? だけど、良い匂いがするっすよ」
「ふん、それならおまえらの好きにすればいい。言っておくが、女を売ろうとするなよ? 血を見るぜ」
そう言うと、私達を止めていた男達は、集落の中に消えていった。残されたのは、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる盗賊が二人。
二人とも、スノウ兄弟が捕まえたはずの盗賊ね。まぁ、香水が切れていたとしても、私達の顔を覚えてないか。
「お姉さん、子供を捜してるなら、俺が手伝いをしてやろうか?」
チラッと、アーシーに視線を向けると、思いっきり拒否の合図をしてきた。でもこれって、ちょっと面白そうじゃない?
「集落の中を見たいわ」
「あぁ、わかった。着いてきな」




