34、盗賊の襲撃
「ぎゃあぁっ! お、おまえ……」
学生を捕まえていた盗賊は、右腕を押さえて後退した。当然、奴に捕まってた学生は私が取り返してる。
「かわいい女の子を、汚い手で触らないでちょうだい!」
「は? な、なんだと!」
(はぁ、うっざいわね)
隠れている仲間達の一部が、崖の上に移動していく。崖の上から弓矢を使うつもりらしい。
「アーシー、毒薬! 崖の上に放り投げて」
「は、はい!」
アーシーが瓶を高く放り投げたところを、私が石を投げて瓶を割った。崖の上にピンク色の霧が広がったのが見えた。
(さすがハワルド家の薬師ね)
広がった毒薬は、崖下には下りてこない。瓶を割るとすぐに気化して、その場で霧状になって留まっている。
アーシーは、私が新たな指示を与えなくても、毒薬の調薬を続けている。ハワルド家の薬師は、戦闘中の役割を叩き込まれているからね。
もう、彼女の表情に怯えはない。これで、トラウマが払拭できたかな?
「なっ? 何を……」
(鋭いわね)
崖の上に移動しようとしていた弓を持つ者達が、歩みを止めたみたい。指示を出す者は賢い。この慎重さは、それなりに名のある盗賊の組織ね。右腕から血をダラダラ流す男は、呆然としているけど。
「仲間は何人? こちらが10人だから、それ以上よね?」
私は短剣の剣先を、その男に向けた。だけど返事なんてどうでもいい。
私が左手を出すと、アーシーは毒薬の瓶をすぐに乗せてくれた。即座に、指示を出す仲間が隠れている岩場へ、思いっきり放り投げた。
ガシャン!
岩に当たって瓶が割れると、隠れていた奴らが姿を見せた。だけど、すぐにまた隠れる。
崖の上には3人が向かった。出てきたのが3人。前方には4人だっけ。
(もっと居たはず)
私が再び手を出すと、アーシーが次の毒薬の瓶を渡してくれた。隠れ場所になりそうな岩に放り投げた。
(居ないわね)
「アーシー、魔道具を……ん? たくさん作ったわね」
彼女は、すごい勢いで調薬を続けていたみたい。
「はい! これが武器になるとわかりましたから!」
「じゃあ、学生さんにも協力してもらおっか。皆さん、適当に放り投げてくださる? 岩に当たると瓶が割れるから、堅い場所にぶつけてちょうだい。アーシー、魔道具で、この付近の人間の数を調べて」
「は、はいっ!」
右腕から血を流す男は、おとなしいと思ったら地面に倒れていた。この程度で失血死するわけはない。倒れたフリをして、油断させる気ね。
「あっ、あの人が……」
一人の学生が倒れた盗賊を心配したみたい。倒れた男にソロソロと近寄っていく。薬師学校の1年生は、まだまだ純朴なのね。
「近寄らないで! ワナよ。失神などしてないわ」
私がそう怒鳴ると、学生は驚いて、その場に座り込んでしまった。
「チッ!」
倒れていた男は、素早く起き上がると、座り込んだ学生に襲いかかる。
(無駄よ)
ガンッ!
「ぎゃあぁっ! く、クソガキがぁ」
当然、私は見逃さない。斬った右腕を思いっきり蹴り飛ばして差し上げたわ。
その男は、毒々しい花が咲く湿地まで転がっていった。慌てて助けを呼んでいる。だが、誰も来ない。
(底なし沼みたいね)
「助かりたいなら、暴れずにジッとしてなさい。暴れると沈み込むわよ! アナタの血のニオイで何が寄ってくるかしらね」
「クッ、くそっ!」
この湿地の特徴を理解しているのか、その男は、もがくのをやめ、左手でアシのような植物を掴んでいる。
「レイラさん、サーチ結果です」
アーシーが魔道具を見せてきた。崖に向かう場所で待機する3人の近くに、あと5人の反応がある。私達を狙う盗賊にしては、動きがおかしい。
「この5人は、交戦中かしら」
「たぶん、そうだと思います。別の盗賊が冒険者を襲っているのかもしれません」
「そうね。もしくは、私達の護衛がいたのかも」
(きっと、アルベルトだわ)
「護衛? あっ、お二人の護衛ですね」
「そうかもね」
スノウ兄弟の護衛なら、スノウ家の次男と親しいアルベルトが依頼を受けている可能性は高い。さっき、アルベルトと見知らぬ男性が歩いていたのを見たもの。
「あっ、動きました!」
崖の上に向かっていた弓を持つ3人が、ここから離れていく。そして、隠れていた3人も同じ方向へ向かっているみたい。
「奴らがどこで止まるか見てて。そこがアジトかもしれない」
「はい! 広域対応に切り替えます!」
アーシーは、魔道具に何かを差し込んだ。私は魔道具のことはわからないけど、たぶんエネルギー補充ね。
「レイラさん、助かったよ。前方の4人の盗賊は捕まえた」
(捕まえた?)
アーシーが凝視する魔道具には、私達から離れていく4人の反応がある。
「コルスさん、捕まえてる? 離れていくよ」
「えっ? あっ! 消えてる。拘束したのに」
スノウ家の長男だけに見張りを任せたのね。サーフ先生は、学生達の中にいる。
「油断したわね。まぁ、一人は逃げられないみたいだけど。捕まえる?」
「一人って、どこにいるんだ? 全員が撤退したと連絡が……あっ、いや……」
(魔道具で、連絡を取り合ってるのね)
「護衛が二人いたね。交戦中みたいだったけど、逃したのかしら」
「あぁ、レイラさんは気づいてたのか。離れて護衛してもらっていたんだ。学生を俺達だけで守れるか不安だったからさ」
(あれ? 彼の名前を出さないのね)
「護衛の一人は、アルベルトでしょ? コルスさんは、夏期試験最終日の、正門近くでの騒ぎを知っているのね」
「あー、うん、まぁね」
私がアルベルトに婚約破棄を宣言しちゃったから、彼は気を遣っているみたい。
「コルスさん、もう済んだことよ。気にしないで、普通にしてちょうだい」
「あぁ、わかった。えっと、一人を捕まえてるって……」
スノウ家の次男は、キョロキョロしてる。ただ、学生達が投げた毒薬の霧のせいで、見えないみたい。
「湿地に一人いるわ」
「この霧は……」
「弱い毒薬よ。でも耐性が無いなら状態異常を起こすわ」
「薬師はこういう身の守り方が出来るんだな。勉強になるよ」
(ほんと、真面目ね)
「レイラさん、アジトがわかりました」
「そう、じゃあ、乗り込むわよ。コルスさん、私とアーシーは、ここで抜けるわ。盗賊を捕まえたいなら、底なし沼だから、サーフ先生の指示に従って」
「へ? えっ?」
私は慌てるアーシーの手を引き、盗賊のアジトへと向かった。




