32、サーフローズの群生地
「ここからは、地図にはありません。離れないように気をつけてください」
(凛としてるわね)
薬師ギルドに行った2日後、私は初ミッションで、スノウ領の薬草畑奥の未開拓の森林に来ている。
私以外に、5人の初ミッションの人がいるみたい。5人ともスノウ薬師学校の1年生、すなわち私と同い年ね。引率しているのは、あのハーブティを発見した薬師学校の先生だ。
スノウ家の長男は、なかなかの策士ね。薬師学校の学生の初ミッションということで、先生を強制的に呼び出したみたい。
「レイラ様、私、本当に無理ですよー」
「アーシーさん、呼び方に気をつけて」
「ハッ! す、すみません。でも、無理なんですよぉ」
アーシーは、未開拓の森林の入り口で、怖くなって震えている。何かトラウマがあるのだろうか。
「アーシーさん、卒業生が何を言っているのですか」
(きゃ〜、来たわ!)
引率の先生が声をかけてくると、アーシーの表情は、明らかに変わった。やっぱり、この先生のファンなのね。アーシーを強引に連れて来たけど、私の勘は正しかったみたい。
それに先生の方も、アーシーに向ける表情は、とても親しげで穏やかだ。
(楽しいかも!)
「レイラさん、紹介します。彼が、サーフローズなどの癖のある植物を研究しているサーフ先生です」
「初めまして、サーフ先生。あら? サーフローズという名前はもしかして?」
私がそう尋ねると、彼は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「貴女がレイラさんですね。お噂は聞いていますよ。サーフローズは、実は私が子供の頃に発見した植物でして、知らぬ間に名前が付いてしまいました」
「まぁ! ハーブティにする方法を発見したと聞いていましたが、あの植物自体の発見者なのですね」
「ええ、なんだか恥ずかしいので、その辺で……」
(似てるわね)
アーシーも控え目な性格だけど、サーフ先生も目立ちたくない人みたい。
見た目は、服も髪も無頓着だけど、優しそうだし、よく見るとかなりの美形だわ。
アーシーは、彼に何か言いたそうだけど何も言えないみたい。私が代わりに聞いてあげなきゃね。
「わかりましたわ。サーフ先生は、この森林にはよく来られるのですか」
「ええ、珍しい植物が多いので、長期の休みには護衛の冒険者を雇って、泊まり調査をすることもありますよ」
(なるほどね)
森林は道が悪いのに、彼は上手く歩いている。それに、装備も適切ね。かなり慣れているみたい。
「じゃあ、今日は普段とは違いますね」
「今日は少し不安ですね。いつもは守られていれば良いのですが、引率を依頼されました。まぁ、事情説明も受けていますから、頑張りますが」
彼は、スノウ家の兄弟に視線を向けた。次男のコルスさんは、薬師学校の学生に紛れ込んでいる。長男のカイルさんは、薬師学校の卒業生のフリをしているみたい。
私も一応、薬師学校の学生がよく着る短いローブを身につけている。ローブで隠れているけど短剣を装備しているから、よく見ると薬師ではないとバレるんだけど。
「その先が群生地ですよ」
サーフ先生の言葉で、私は反射的に鼻を手で覆った。すると、アーシーがクスッと笑った。
「レイラさん、生えている状態なら、何もしなければ臭くないですよ。サーフローズは目が合うと、花粉を撒き散らしますが」
「アーシー、今、目が合うって言った?」
「ええ、言いました。だから目を合わせないようにすれば、摘んでもしばらくはニオイません。保存袋に入れて密封すれば大丈夫です」
(植物に目は無いでしょ)
何かの比喩だろうけど、私以外は全員、わかっているみたい。そろそろ襲撃の多い場所だと、スノウ家の二人が合図してきた。今は薬師のフリをしているから、変なことは聞けないわね。
少し急な斜面を上がると、黒い谷のようなものが見えてきた。
(これが、サーフローズ?)
黒いモヤモヤしか見えない。普通、この坂を降りていく勇気はないわよね。 嫌な雰囲気だもの。黒いモヤモヤの下には毒の沼がありそうに見える。
だけど何も言わずに、みんな、谷に降りていく。
(ちょ、本気?)
「レイラさん、大丈夫ですよ。上から見ると深い谷に見えるけど、サーフローズは岩盤に生えていますし、腰くらいの高さしかありません」
「底なし沼ではないのね?」
そう確認すると、アーシーはふわっと笑った。この顔、たまに見るわね。お姉さんっぽい優しい笑顔。
「ええ、大丈夫ですよ。サーフローズは、波動を感じると花粉を飛ばすので、威圧のオーラは使わないでください」
「植物には特有能力は使えないわ。あっ、襲撃があっても、ということね」
「はい。ここでは魔法の波動も、極端な大声もダメです。群生地の中で襲撃されることはないと思いますが」
「くっさいもんね」
「ええ、群生地では、一つが花粉を飛ばすと他の花も次々と飛ばすので、その臭いで、大きな魔物でさえ状態異常を起こして倒れるそうです」
(カメムシの大群ってことね)
私達は、サーフローズの群生地に入った。アーシーが説明してくれた通り、地面は堅固な岩盤みたい。サーフローズは、花も茎も葉もすべてが黒い。茎には、ボコっとした大きな丸いコブがある。
「皆さん、サーフローズの採取を始めましょう。必ず、目より下をハサミで切ってください。目より上を切ってしまうと、目を開けますからね」
(芽じゃなくて目なの?)
サーフ先生は、一つ切って見せた。彼が手に持つ花の茎には、コブがある。あのコブを目と言っているみたい。
黙々と地味な作業が始まった。
確かに、切っても臭くはない。保存袋には10本ずつ詰めていく。薬師学校の学生達は真剣な顔をして作業をしている。みんな、真面目ね。
ふと顔をあげると、谷沿いの道を、二人の男性が歩いているのが見えた。
(あっ! アルベルトだわ!)
私が気づくと同時に、彼も私に気づいたみたい。
(えっ……)
アルベルトは軽く頭を下げると、私から見えない位置に移動してしまった。
(避けられた?)
いや、違うわね。私が言ったんだもの。もう今後一生、私の前に現れないでって。
(胸が苦しいわ)
パチン!
(あっ……)
コブの真上を切っちゃった。
その次の瞬間、コブは、ギョロっとした目玉そのものに変わった。
(ま、マズイわ!)




