30、視線が気になるレイラ
「アーシー、私の服装がおかしいのかしら?」
「いえ、スノウ剣術学校の野外実習用の制服ですよね? 学生の登録は制服着用を推奨されてますから、大丈夫ですよ」
「それならいいけど。アーシーは薬師の正装のローブだから、私は軽装すぎる気がしたの」
「冒険者ギルドなら、冒険者はもっと軽装です。今ここにいるのは薬師ばかりだから、ローブ着用者が多いんだと思いますよ」
「ふぅん、私には、薬師か魔導士かもわからないけど」
「確かに、どちらもローブを着用することが多いですもんね」
夏休みの初日、私はアーシーと一緒に、スノウ領にある新しい薬師ギルドに来ていた。
冒険者ギルドの一部を統合する体制変更をしてから、もうひと月になるらしいけど、登録カウンターは長蛇の列。
(すっごく見られるわね)
アーシーが有名だからかと思っていたけど、少し違うみたい。なぜか私に視線が向けられることが多い。
もちろん、女性だから見られる、というわけでもなさそう。この薬師ギルドに全員が登録するスノウ薬師学校の男女比は、女性の方が少し多いらしいし、今、薬師ギルド内にも、女性は少なくない。
スノウ剣術学校の制服を着ているのは私だけだから、見られるのかな。でも剣は装備してないし、実習用の軽装は目立つ制服でもないんだけど。
「気になりますか?」
「えーっと、まぁ、うん。こんなに視線を浴びることは少ないからね。私が見ると目を逸らされるから、私の何かが変なのかと思ってしまうわ」
「確かに不思議ですね。私は貴女の名前を呼んでないはずですし……うーむ」
アーシーは、私の不快感の理由を一生懸命に考えてくれる。あっ、私が彼女の名前を呼び捨てにしたからかも? 有名人を呼び捨てにしたから、反感を買っているのだろうか。
「お待たせしました。カードの切り替えですか?」
やっと、私達の番になった。私が口を開く前に、アーシーが口を開く。
「私はカードの切り替えで、彼女は新規登録です」
アーシーがカードを出すと、カウンターにいた職員さんは目を見開いている。
「あっ! 調合師のアーシーさんと、ハワルド家のお嬢様ですね。責任者から聞いてます。本当に来てくださったのですね! ありがとうございます!」
(ちょっと……)
職員さんは、大声で私達の素性をバラしちゃった。すると、薬師ギルドの壁側に立っていた一人が、スッと出て行った。だけど、それだけだ。特別な騒ぎにはならない。
(なるほどね)
私が見られていた理由は、これだったのね。有名なアーシーと一緒に来た私の素性は、既にバレていたみたい。
今、出て行ったのは、薬師ギルドを監視している者か。暗殺者という感じはしなかったけど。
「あっ、すみません。つい、嬉しくて。えっと、能力測定がありますので、奥へどうぞ」
「冒険者ギルドと同じ測定をするのですか」
アーシーの質問の意味が私にはわからない。
「いえ、実技試験は行いません。サーチの魔道具による測定のみです。あっ、もちろん切り替えの方は、以前の経験値を加算しますので」
(また、並ぶのね)
私達は、カウンター内の長蛇の列に並んだ。
◇◇◇
「お待たせしました! カード変更のアーシーさん、そして新規登録のレイラさん、カードが出来上がりました。右から2番目の個室へどうぞ」
(いつ、測ったの?)
行列が少しずつ進み、やっと私達の番になったと思ったら、奥の小部屋へと誘導された。行列の先に個室があるのは見えていたから、そこで能力測定をすると思ってたんだけど。
「並んでいる間に、いくつかのサーチの魔道具を通りましたよね?」
アーシーは、私が疑問に思ったことにすぐに気づいた。さすが、シャーベットの娘ね。
「私は、全く気づかなかったわ」
私がそう答えると、アーシーは、ふわっと笑った。なんだか、お姉さんっぽい笑顔。私が子供っぽい言い方をしてしまったのかな。
(えっ? なぜ?)
指定された個室には、二人の男性がいた。うち一人は、スノウ家の次男。もう一人は見知らぬ顔だ。騎士風の服を着ているから護衛だろうか。
「レイラさん、さっそく来てくれて嬉しいよ。とりあえず、座って」
「ええ、なぜ、コルスさんがいるの? 登録なんて、職員さんの仕事じゃなくて?」
「昨日、俺がキチンと説明すると言っただろ?」
(あー、そうだったかも)
私達が座ると、二人も椅子に座った。騎士風の人は護衛じゃないみたい。ギルドの職員なのだろうか。
スノウ家の次男が口を開く。
「まず、カードを渡すね。アーシーさんは、薬師ギルドでは上級だったので、Cランクになっているよ。ただ、能力測定の結果を見ると厳しい。Cランクのミッションを受注するときは、必ずパーティを組んでもらいたい」
「私は、魔物が出るような場所には行けないですから、そんなミッションは受注しないです」
(Cランクって何?)
渡されたカードを見てみると、名前は、家名なしで、レイラのみ。あとは年齢と、ランクはFと記載されている。
「次に、レイラさん。Fランクだから気を悪くしたかもしれないけど、新規登録者は測定値に関係なく、Fランクから始まるんだ。このカードは、冒険者ギルドと統一されているから、これで、冒険者ギルドのミッションも受けることができる。それから……」
(はぁ、長いわね)
スノウ家の次男は、はっきり言って真面目すぎる。まぁ、優しくて良い人なんだけど。隣の騎士風の人も、少しうんざり顔ね。
「レイラさん、聞いてないよね?」
「へ? ごめん。集中力がないのよ、私」
「興味のないことには、いつも無関心だよね。まぁ、俺の説明が下手なせいだけど」
(あちゃ、拗ねちゃったわ)
「行列に並び疲れただけよ。あら、それは?」
小さなテーブルには、透明な袋に入った何かが置かれていた。
「やっぱり、何も聞いてなかったよね。今、これの採取の話をしていたんだけど」
「何なの?」
「わっ! 開けちゃダメだって……ウゲェ……」
(く、くっさいわ!)
狭い個室に広がった強烈な臭い。慌てて袋を閉じたけど、カメムシも負けるくらい、すっごく臭い。この黒い物体は、一体何なの?
アーシーが何かを振り撒いた。すると、一瞬で臭いが消えた。
(さすがね)
「レイラさん、初ミッションは、これを採りに行こうぜ」