3、婚約者アルベルトとの関係
「お嬢様、本当に貴女という人は……」
(わっ! アルベルトだわ)
しばらくすると薬師の兄弟は、数人の男性を連れて戻ってきた。私の迎えだったのね。
アルベルト以外はハワルド家の使用人だけど、家紋は付けてない。ハワルド家の使用人は、基本的に素性を隠しているから、ただの冒険者に見えるかも。
(なんか、怒ってる?)
前世の記憶が戻って初めて見るアルベルトは、私が乙女ゲームで見ていた雰囲気とは違っていた。何というか、とんでもなく冷たい。私を捜してくれて、疲れたのかな?
「アルベルト様、こちらの学生さんが、お捜しの方でしたか」
(アルベルトを様呼び?)
薬師の兄弟は、私に向ける視線がガラリと変わった。アルベルトは、自分の素性だけを明かしたのかも。彼は、私の名前を呼ばないように配慮していると感じた。
私を助けてくれた上の息子さんは、媚びるような嫌な表情をしている。弟のカルロスは、貴族に慣れてないのか落ち着かない様子だ。
「ええ、とある方から頼まれて、今朝から捜していたお嬢様です。少し外してもらえますか」
アルベルトは、部屋にいた人達だけでなく、ハワルド家の使用人達も追い出し、建て付けの悪い扉を閉めた。
(きゃっ、ふたりっきりだわ)
「アルベルトが、なぜ、私を迎えに? そんなにも私のことが心配だったの?」
私は浮き立つ気持ちを抑えられず、そんなことを言ってしまった。だけど、失言だったみたい。彼の表情は、さらに冷たくなっちゃった。
「レイラ様、何をおっしゃっているのですか。あぁ、高台から落ちて頭を打たれたのか」
「頭は守ったから、打ってないわ」
「じゃあ、これはいつもの貴女の悪い癖ですね。怪我は左足でしたか。ちょっと失礼」
そう言うと、アルベルトは無表情のまま、私に掛けてあった布団をめくった。
「きゃ、ちょっと何を……」
「騒がないでください。すぐに済みます。何も痛いことはしませんから」
私の左足は、服が破れたから、太ももまであらわになっている。アルベルトは、そんな私の左足に、そっと触れた。
(な、何をするつもりなの!?)
私は、1年程前にアルベルトと婚約したけど、恋人らしいことは何もしたことがない。父が勝手に決めた相手だし、結婚はまだ先のことだもの。
ハワルド家は暗殺貴族だからか、妙な呪いを受けているらしい。ここ何世代もの間、子供は女の子しか生まれていない。
そのため、嫁には出さずに婿を取ることが習慣になっている。娘の婿には、王家の命令に従って任務を遂行できるように、厳しい教育が施されてきた。
逆の言い方をすれば、ハワルド家に仕える貴族の中から、父が見込みがあると思った者を、娘の婿に選ぶみたい。私は四姉妹の末っ子だけど、姉達も同じような感じで結婚している。
(あれ? でも……)
乙女ゲームとは違うのだろうか。孤児だったアルベルトは、ノース家を継ぐために引き取られたはずだけど。
今、彼は、私の左足の太ももに触れている。彼の顔が、私の足に近づいていく!?
「ちょっと待って! 心の準備が……」
「は? 痛いことはしないと言いましたよね?」
「いや、でも私、はじめてだから……」
(きゃー、恥ずかしい!)
するとアルベルトは、私の顔を覗き込む。そして、彼の手が私の頭に……。
(ん? 触らない?)
アルベルトは、私の頭に手をかざしている。そして、何かを呟くと、黄緑色の光が彼の手から放たれた。
(あっ、サーチ魔法?)
「レイラ様、やはり頭を打ったのでしょう。先程から、言動が意味不明です。頭に衝撃を受けた形跡がありますよ」
「へ? あー、そうかも?」
「もしや、何か飲まされましたか? 足の治療に使われた薬草にも、少し違和感がありますが」
「別に変な物は飲んでないよ? 野菜スープだという青臭いものは飲んだけど……」
「はぁ、飲まされているじゃないですか。いつも言ってますよね? 飲食には気をつけるようにと。もっと警戒してください」
「でも、薬湯だったみたいだよ?」
「毒薬だったらどうするのですか! 麻痺毒草も使われていますね。はぁ、これを飲んでください」
アルベルトは、腰に下げていた革袋から、小さな水筒を取り出した。そして、私の口に苦い何かを押し込み、水筒を差し出した。
(解毒薬ね)
私は水筒の水を飲んで、苦い薬を胃に流し込んだ。すると、左足の麻痺が完全に消えた。眠かった頭もはっきりしている。
「アルベルト、足の痺れが消えたわ」
「麻痺毒草が混ぜられていましたからね。その意図は不明です。まぁ、動かさないために使うこともありますが、この程度の裂傷なら、治癒ポーションで完治しますがね」
「治癒ポーションは高価だから、使えないんじゃない?」
「は? この麻痺毒草の方が高価ですよ」
「アルベルトって、薬師だっけ?」
「薬師ではありません。薬の調合はできませんが、薬の効能は理解しているつもりです」
「ふぅん、すごいのね」
「レイラ様が無関心なだけです。お姉様方も、薬の知識は薬師並みにお詳しいですよ。貴女だけが……いえ、何でもありません。着替えを持って参りました。私は扉の外に出ていますので、お着替えを」
アルベルトは無表情のまま、そう言うと、着替えを置いて扉の外へ出て行った。
(感じ悪いわね)
前世の記憶が戻ったことで、かなり舞い上がっていたけど、彼の事務的な態度で現実に引き戻された。
(こういう関係だったわ)
私は、孤児だった彼を婿に決められたことで、この1年程ずっと苛立っていた。彼自身の能力に興味はなく、どうやって彼をハワルド家から追い出そうかと……。
(私、完全に悪役令嬢だよ)
彼のこの態度は、当然だと感じた。すべての原因は私にある。私が今まで、散々な態度を取っていたからだ。それでも彼は、私の婿になることを辞退しない。父が辞退を認めていた期間にも、彼は辞退しなかった。
(だから、私は余計に暴言を……)
公爵家の末娘に生まれた私は、あまりにも幼かった。姉達がアルベルトを褒めるとイライラした。
姉達は、アルベルトの有能さを語っていたのに、私は、彼が孤児だったことが許せず、平民だったかもしれない婿を押し付けられることを、思いっきり嘆いていたのよね。
(はぁ……私って最低ね)