27、導きの変化
「レイラ様は、本当に、アルベルトさんとの婚約を破棄したいのですか?」
シャーベットが静かな声で、私に尋ねた。
さっき、アーシーは驚いたけど、シャーベットはあまり驚いてない。やはり、私が転移魔法陣を使ったことで呼吸ができなくなった理由を、見透かされていたのね。
幼児期に、確か一度だけ失敗したことがあるけど、それ以降は、こんな変質したマナの逆流は、意識しなくてもレジスト出来ていた。
(全く警戒してなかったわ)
これまでに、私がここまでメンタルをやられたことがないからかもしれない。
私は、自分で言うのもアレだけど、基本的にストレスを与える側だった。15歳までの私なら、パラライト家の娘にあんなことを言われたら、きっと誰が止めても特有能力を発動したと思う。
これは、前世の記憶が戻ったことの弊害なのかもしれない。でも、もし発動していたら、パラライト家の上級生は、きっと近いうちに死んでいたと思う。
ハワルド家の特有能力、威圧の派生能力の中で一番解除が難しいものが、あのとき発動しそうになった報復の呪言だもの。
そう考えると、前世の記憶が戻ってよかったのかも。でも、これからは、転移魔法陣に入るときは気をつけなきゃ。
「シャーベットには、お見通しみたいね。私のことは、誰よりもわかっているもんね」
「レイラ様が幼い頃から、ずっと見守らせていただいているので、この調合室の中では、私が一番よくわかっていると思います」
(謙虚なのね)
シャーベットは、私の血縁者の誰よりも、私のことを心配してくれる。あっ、でもそれは、アルベルトも同じ……。
(うっ、痛いわ)
アルベルトのことを考えると、また、ギューっと胸が苦しくなってきた。前世の私がアルベルト推しだったからではない。前世の記憶が戻る前の私も、アルベルトといるときには、理由のわからない不快感を感じていた。
つまり私は、ずっと前から、アルベルトに惹かれていたのよね。
「シャーベット、胸が痛いわ」
素直にそう告げると、シャーベットは大きく頷いた。
「レイラ様、その痛みは、恋というものなのです。いつからか、レイラ様はアルベルトさんの話ばかりされるようになっていましたね」
「えっ? 私が、アルベルトの話を? 文句しか言ってなかったと思うわ」
「ええ。そろそろお話すべき時期が来たようですね。レイラ様は文句を言っていたおつもりでも、アルベルトさんの話をされるときのレイラ様は、キラキラと目を輝かせておられましたよ」
「ええっ!?」
(やはり、ずっと前から)
しかも、シャーベットにはバレていたってことね。
「レイラ様は、よく不快だとおっしゃっていましたね。それは、アルベルトさんに対する関心の高さです。何が不快なのかを尋ねると、わからないと言われた」
「ええ、わからなかったのよ」
「レイラ様は、他の何かで不快に感じられたときは、後から理由を聞いても、正確に説明されました。だけど、アルベルトさんに関しては、何があったのかを私に話してくださった後、どう不快なのかを尋ねると、いつもわからないと」
シャーベットはクスクスと笑うと、再びハーブティを注いだ。甘いハーブティを気に入ってるみたいね。
(サーフローズだっけ?)
私もおかわりをしようと立ち上がると、シャーベットは、少し申し訳なさそうな眉をした。
「レイラ様、ティーポットは、ほぼ空っぽです。新たに淹れましょうか」
「そうね。でも、珍しいハーブティでしょ? そこまでのどが渇いているわけではないわ」
「これは、先程、スノウ家の方が持ってきてくださったのですよ」
「あぁ、スノウ家の薬師さんね」
「いえ、これは、コルスさんから頂いたものです。レイラ様が眠っている間に、ご挨拶に来てくださったんですよ。スノウ領の薬師ギルドが襲われ、全焼する事件があったじゃないですか。この度、薬師ギルドが再建されるにあたり、コルスさんが責任者をされることになったそうです」
(何か、変ね)
シャーベットは、よどみなくサラサラと話してる。まるで、用意してあったセリフを言っているみたい。
「コルスさんが来たのね。もう帰ったの?」
「どうでしょう? 薬の調合作業をご覧になっているかもしれませんね」
「私がここで寝ていることは、知られているのかしら?」
「いえ、ここは、スノウ家の方々には近寄らせませんから、話してませんよ」
シャーベットは、何か私に隠しているように見えた。真っ直ぐに私の目を見てくる。私の反応を探っているみたい。
これは、シャーベットの癖だ。人は、嘘をつくと視線を逸らしがちだけど、シャーベットは逆に、ガン見してくるのよね。
だけど、何かを尋ねても、シャーベットが口を割るとは思えない。私は口が堅いけど、シャーベットはさらに堅いもの。
「じゃあ、私、ちょっと挨拶して来ようかな。えっと、私はどれくらい眠っていたの?」
「もう夕食の時間は過ぎていますから、4時間ほどでしょうか」
(ひゃー、4時間?)
そんなに長い時間、アーシーはそばに居てくれたのかしら。
「そう。お腹が空いたと思ったわ。スノウ家の薬師さん達は、来られたばかりなの?」
「レイラ様の処置が終わって少し経った頃でしたから、2〜3時間前でしょうか」
「じゃあ、まだコルスさんがいたら、軽食を用意する方がいいわね」
「では、一緒に参りましょうか」
◇◇◇
私は奥の個室から出て、調合室内をそーっと歩いて行く。なぜ調合室だとコソコソするのかは、自分でもよくわからない。これは子供の頃からの私の癖なのかも。
「あっ、色が変わっているわ」
調合室の真ん中にある柱の上の方の光が、以前とは明らかに違って見えた。
以前は、淡いオレンジ色の球体だったはず。写本でその意味を調べたら……。
『新たな目覚め。新たな心。動き始める変化の兆し。これまでとは違う何かが生まれた証。変化の始まりを怖れないことが大切』
そんな、意味不明な説明があった。
そして、今、純恋花は、白銀の強い光を放っている。私は、本棚に駆け寄り、同じ絵を探す。
(あっ、これだわ!)
輝く白銀の小さな球体の導きは……。
『ゼロからのやり直し。今までに試したことのないことを試すべき。未知の光は、未知の闇にある』




