26、密談
時は少し遡る。
レイラが、いつものように調合室へ行くために芝居をしていたら本当に体調を崩して倒れてしまった……という騒ぎから、一時ほど後のこと。
静かになったハワルド家の裏庭に、新たな転移の光が現れた。襲撃が多いハワルド家では、転移着地点を守る複数の警備兵が一斉に身構える。
到着したのは、最近よく来る薬師達だ。だがその中に、見慣れない若者の姿を見つけた警備兵達は、サッと剣を抜いた。
「身分証を提示せよ!」
「我々は、スノウ家に仕える薬師です。なぜ、今日はそのように……」
「待て。俺がいるためだ」
若者は、家紋の入った剣の鞘を見せ、再び口を開く。
「俺は、コルス・スノウという。この度、新たな薬師ギルドの責任者に就くことになった。こちらの治癒薬師長に、挨拶するために同行した」
凛とした隙のない姿に、剣を抜いた兵達は油断できないと感じた様子。
「しばらく、待たれよ」
そう告げると数歩下がったが、剣は構えたままだ。
その直後、再び、転移によって、彼らがよく知る人物が現れた。
「アルベルト様、初めての客人が……」
「ご苦労様です。あぁ、彼はレイラ様のご学友ですよ。コルスさん、驚かれたでしょう。剣術や魔術に優れた人は、必ずこうなるんですよ」
アルベルトがそう言うと、兵達は剣を収め、形式的ではあるが非礼を詫びた。
「ハワルド家は、警備が厳しいと思ってましたよ」
スノウ家の次男がそう返したとき、調合室から若い薬師が迎えに出てきた。
「スノウ家の皆様、調合室へご案内します。あの、疑うわけではないのですが、念のためにアルベルトさんも来て欲しいと、シャーベットさんが言ってます」
「私もですか? わかりました」
◇◇◇
「薬師さんは作業室へ、スノウ家の坊ちゃんとアルベルトさんは、客室へどうぞ」
「シャーベットさん、その坊ちゃんというのは、どうかと思いますよ? コルスさんです」
「あら、ごめんなさい。私から見れば、可愛らしい坊ちゃんだから。あっ、こんなことを言うと、またレイラ様に叱られそうね」
ケラケラと明るい笑顔で客室へと誘うシャーベットだったが、扉を閉めると、その表情からは笑みが消えた。
「調合師シャーベット殿、俺をお呼びだということでしたが、あんな理由でハワルド家の門番をごまかせたのでしょうか」
「ええ、コルスさん、大丈夫ですわ。着地点での会話は、屋敷のあちこちに聞こえますからね。変な芝居をさせてごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。俺はレイラさんの友達ですし、アルベルトさんには、いろいろと教えてもらっていますから」
どうやら、シャーベットが彼らを呼びつけたようだ。当然、今は眠っているレイラが倒れた理由を知るためだ。
「コルスさん、貴方が見た状況を教えてくださる?」
「はい。俺には、レイラさんが上級生に絡まれていたように見えました」
スノウ家の次男は、レイラとパラライト家の娘とのやり取りを正確に説明した。彼は、正門近くでの揉め事を聞き、その仲裁をしようと駆けつけたようだ。
「なぜレイラ様は、いきなり婚約破棄を言い出しちゃったのかしら? なんだか不自然よね?」
「レイラさんが怒ったのでしょう。あの上級生は、アルベルトさんを屋敷に誘ってましたからね」
「でも、レイラ様は、パラライト家のお嬢さんの言葉の意味を、理解できてないと思うわ」
「私に恥をかかせるつもりなのかと、脅迫してましたよ? 公爵家の令嬢からの夜のお誘いを断ることは、難しいですよ」
「レイラ様は、男女のそういう関係は理解してないわよ。私達は、まだ何も教えてないもの」
「えっ? じゃあ、なぜ突然……」
スノウ家の次男は首を傾げた。すると、アルベルトが口を開く。
「おそらく、腕を絡められたままだったから、怒ってしまわれたのだと思います。私が腕を振り解いたときに、レイラ様は、それを見ておられました」
「あら、嫉妬しちゃったのね。その時、婚約破棄は承諾しなかったのよね?」
「はい。レイラ様は、スタスタと去ってしまわれたので、私の声が聞こえてないかもしれませんが」
「周りには聞こえましたよ。アルベルトさんが、今後は決して、他の女性の誘いは受けないと誓われたことを」
この世界では、貴族の婚約破棄が成立するためには、いくつかの違いがある。
多くの貴族では、地位が高い者が、複数人がいる前で宣言することで成立する。
しかし、ハワルド家のような暗殺貴族では、様々な陰謀があるため、婚約破棄には、当主の許可が必要となる。
すなわち、レイラは婚約を破棄しちゃったと思っているが、まだ、婚約破棄は成立していない。
「そう。公爵家以上の地位のある大人は居たかしら?」
「証人ですね? その上級生はパラライト家の令嬢ですから、公爵家です」
「コルスさん、他には?」
「居なかったと思います」
「そう。アルベルトさん、貴方はレイラ様との婚約破棄を受け入れるつもりかしら?」
「まさか! 私は、レイラ様を裏切っておりません!」
「でも、レイラ様は、婚約を破棄したつもりだと思うわ。ハワルド家の婚約破棄の成立条件を、まだレイラ様は知らないもの。アルベルトさんは知っているのかしら?」
「はい。私がレイラ様を裏切ったとき、当主様から追放されると聞いています。追放で済むとは思えませんが」
「あら、アルベルトさんも、わかってないみたいね。今回は証人が居ないから、レイラ様自身が当主様に直接訴えない限り、婚約破棄は成立しないわ」
「えっ? パラライト家の……」
「そんな子供は、証人にはなれないわ。ハワルド家は、少し特殊なのよ。でも、良い機会だわ。アルベルトさんは、しばらくレイラ様から離れなさい」
「それは、どういう意味で……」
「レイラ様に、姿を見せるなと言われたのでしょう? だったら、当分の間は、それを守りなさい。後のことは、私が何とかするわ。コルスさん、この話は内密でお願いしますね」
「俺は友達なのに?」
「友達なら、なおさらですよ。レイラ様は、自分の言葉の重さに責任を感じていると思うわ。これは、未熟なレイラ様が成長する機会でもあるのよ」
「わかりました。スノウ家なら、大勢の前でのあの発言で、婚約破棄は成立するから……」
「ええ、その感覚でお願いするわ」




