23、イラつくレイラ
「レイラ様、なりません!」
「また、それ? 別にアルベルトに迷惑はかけないわよ。私が勝手に捜しに行くだけよ」
夏期試験の最終日、スノウ家の次男に未開拓の森林のことを尋ねたら、彼がアルベルトに告げ口しちゃったみたい。
すべての試験が終わり、帰宅のための転移魔法陣ではなく、正門へと向かっていると、アルベルトが仁王立ちで待ち構えていた。
(鋭いわね)
私が薬師の襲撃があった酒場に行こうと考えたことまで、見抜かれている。
「スノウ領内を勝手にウロウロする気ですか!? もっと、自覚を持ってください。貴女は、ハワルド家のお嬢様なのですよ?」
「学校で、家の話はしないで! もう試験は終わったわ。夏休みに私がどこへ遊びに行っても、アルベルトには関係ないでしょ!」
そう反論すると、アルベルトは珍しく咳払いをした。多くの学生がいる正門近くでこんな話をしたことを、失敗したと思ったみたい。
(しかし、ここまで反対するとはね)
アルベルトは、私の身が危険だとは考えてないと思う。暗殺貴族ハワルド家の娘が、スノウ領内をウロウロすること自体を問題視しているのね。
確かに、スノウ家の人達は、ちょっと嫌がるかもしれない。でも、コルスさんから私がウロつく理由を聞けば、きっと納得すると思う。
あっ、もしかして、それもダメってことかな。私が必死に捜す坊やは、私の弱みになるの?
それなら、アルベルトが一緒に捜してくれたらいいのに。森林なら薬草の採取のフリをするとか、街なら街歩きを楽しんでいるフリをするとか。
(なんだか、楽しそう!)
「じゃあ、アルベルトも一緒に来てよ。婚約者である私と街歩きをするなら、自然でしょう?」
「レイラ様、この件には私達が関わるべきではないと、何度も説明しましたよね?」
「だから、取り返すのはやめると言ったでしょ。あの坊やのお婆さんが、気の毒なんだもの」
私がそこまで話すと、アルベルトは大きなため息を吐いた。
「レイラ様、貴女のそういう所が……人としては魅力的ですが、ハワルド家のお嬢様としては致命的な欠陥なのですよ」
「はい? 欠陥って、ひどくない? 私は家を継ぐわけじゃないし、そもそも父は私に何の期待もしていないわ。私の伴侶になる貴方のことだけを気に入ってるのよ」
(そうよ、私は要らないのよ)
私のハワルド家での役割は、優秀な使用人をハワルド家の一員として繋ぎ止めることだけだと思う。すぐ上の姉が、そう言っていたもの。四女である私は、姉達のスペアにもならないって。
アルベルトは既に、充分すぎる訓練を受けている。今はハワルド家の仕事は、補佐しかしてないけど、私と結婚したら、彼は仕事を任されることになる。
(まだ、迷っているのかしら)
私の誕生日に、彼が打ち明けてくれた話が頭をよぎる。アルベルトは、ノース家を継ぐことを血縁者に反対されている。だけど、現当主である彼の養父は、アルベルトを後継者にするために養子にしたのよね。
アルベルトが私と結婚すると、ハワルド家に婿入りすることになる。そしたら彼は、ノース家を継げないんじゃないかな。
まぁ、私がハワルド家から、ポィっと追い出される可能性もあるけど。
(私との婚約は彼にとって……)
「旦那様は、レイラ様が立派な大人に成長されることを期待されていますよ」
しばらく無言だった彼は、教科書通りの返答をした。そして、私が正門から出られない位置に立ち、転移魔法陣のある部屋への廊下へ促す。
(通さない気ね)
だからといって、簡単に諦める私ではない。アルベルトの隙をついて、正門から出て行くんだから!
「まぁ、アルベルトさん! こんな所で会えるなんて嬉しいわ」
(わざとらしい)
いつもアルベルトを探し回っている学生グループのひとつが、彼を見つけて取り囲んだ。
「試験お疲れ様でした。気をつけてお帰りくださいね」
「私達、今から近くの店で、お疲れ様会をする予定なの。アルベルトさんも一緒に行かない?」
(私が近くにいるのに、彼を誘うの?)
そうか。この上級生は、私の顔を知らないのね。学校の襲撃事件で、私の声は有名になったし、アルベルトが私の婚約者だということも知られている。
「いや、私は……」
「アルベルトさんも、仕事はもう終わりでしょ? 酒場の多い街に、女子だけで行くのは危険かなって話してたの」
(じゃあ、やめなさいよ)
「確かに今は、この近くの酒場は危険ですよ」
「でも、やっぱりお疲れ様会をしたいじゃない? アルベルトさんが一緒に行ってくれたら、すべてが解決するのよ」
(は? バカじゃないの?)
わがままに育てられた貴族の娘は、自分の意見を押し通せると思っているみたい。アルベルトがノース家の後継者だとわかっていて、この態度なのね。彼女の家の爵位は高いのかもしれないけど、人として、どうなのよ?
「では、その店の前までなら、学校職員として皆さんを護衛しましょうか」
(はい?)
「キャ〜、嬉しいわ。アルベルトさんと一緒に、街歩きができるなんて。他にも、貴方と一緒に歩きたい人はたくさんいるのよ」
(さすがに、黙ってられないわ)
私は、アルベルトの方へと近寄っていく。すると、彼は、ホッとした笑みを浮かべたように見えた。いや、苦笑いかもしれない。
「アルベルト! 何をやってるのよ!」
私の声は、自分でも驚くほど大きかった。
「レイラ様、ええっと……」
彼が私の名前を呼んだことで、彼女達は慌てたみたい。だけど、図太い神経の持ち主は居るものね。
「貴女がレイラさん? ちょっとアルベルトさんをお借りするわ」
「はい? どういうことかしら」
「アルベルトさんが、私達を心配して、護衛してくれることになったの。街の繁華街は、女性だけだと危険だからって言ってくれたわ」
(貴女達が、言ったじゃない!)
「護衛なら、ご自分の使用人を使えばよろしいのではなくて?」
「あいにく、見つからないのよね」
(この女……)
私が不機嫌さを思いっきり顔に出しても、ヘラヘラと笑ってる。
「アルベルトは、私の婚約者なのよ? ご存知ないのかしら」
「あら、有名だもの。当然、知っているわ。ハワルド家の婿に選ばれるほどの人なら、護衛に最適でしょう? ほんと、助かるわ」
(私が舐められてるの?)