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22、誘拐された坊やのことで

「レイラ様、ありがとうございます。そのお気持ちだけで、もう充分です」


 ベッドに横になっていた初老の女性は、わざわざ起き上がって頭を下げてくれた。カルロスがその背中を支えている。


「起きなくていいから、楽にしてちょうだい。坊やは誘拐されたのでしょう? 子供を売るつもりで連れ去ったなら、絶対に生きているわ」


「アルベルト様のおっしゃる通り、誘拐されたのは、あの子の運命ですから……」


(ちょ、何を言ってるの?)


「諦めちゃダメよ。捜す方法なら、私に心当たりがあるわ。サーチについての特有能力を持つ人を……」


「レイラ様! なりません!」



 初老の女性と話してるのに、アルベルトが話に割り込んできた。無表情のままで、そんな言い方をされたら、さすがにムカつくわ。


「何がいけないの!? あんなに幼い子が誘拐されたのよ?」


「両親を失った子供の幸せは、生家にいることだとは限りません。ましてや、薬師の家です。あまりにも敵が多い」


(両親? 母親もいないの?)


 アルベルトは、自分のことに重ねているのだろうか。彼も両親を失い、孤児として養護施設にいたはず。その後、ノース家の当主が養子にしたのよね。


 でも、アルベルトは幸運だったのだと思う。あっ、だけど私の婚約者にされちゃったから、幸運とは言えないか。



「ええ、私の元にいることが、あの子、ポロにとって幸せだとは言えません。薬師の子供は高い値がつくと聞きます。裕福な家でなければ、あの子は買えないでしょうから……」


「貴女の孫でしょ? いいの? こんな別れ方をして」


「レイラ様は、お優しいですね。私達は薬師です。多くの恨みを買っている。ポロはまだ薬は作れません。今なら、薬師とは無関係な生き方を選ぶことができるのです」


 そう言いつつ、彼女の目からは涙がこぼれている。



「そんなの、おかしいよ! 私が捜すわ。イブルの子息に……」


「レイラ様! なりません!」


「どうして? 今朝のあの襲撃者なら私が……」


「イブル家のサーチ能力を利用しようだなんて、愚かな考えは捨ててください!」


「どうしてよ!? 私、あの人より絶対に……」


「レイラ様は、何もわかっておられません! イブルを利用すると、まわり回って、その坊やは一生、道具にされます」


(はい? 何を言ってんの?)


「アルベルトは、私を信用してないの? 私なら、あの子息を完全に支配できるわ!」


「ハワルド家の令嬢が、イブルの特有能力を使ってまで誰かを捜し出そうとすることの意味を考えてください。ハワルド家に何かを要求したい者は、あの坊やを道具として利用するでしょう。レイラ様を脅す道具です。貴女の弱みになる。そして、貴女が要求に応じなければ、あの坊やは、見せしめに惨殺されますよ」


「えっ……何を言ってるの? そんなことは……」


(ないとは言えない)


 私は、何も言えなくなってしまった。アルベルトはいつも正しい。それが今までなら悔しかったけど、前世の記憶が戻った今、別の意味で心に突き刺さった。



「レイラさん、とりあえず、病室だからさ」


(優しいわね、コルスさんは)


「そうね、ごめんなさい。お大事にね」


 私は、カルロス親子に軽く会釈をして、その部屋を出た。私は、ここが病人や怪我人だらけの治療院だとわかっているのに、大声で騒ぎすぎたわ。


(はぁ、気まずいわ)



「アルベルトさん、治療院については、また相談させてください。スノウ領には薬師院しかないので」


「わかりました。また、学校で伺いますね」


(ん? 前から相談してたの?)


 気になったけど、気まずくて、上手く話せる気がしない。


 せっかくアルベルトとの関係が改善してきたのに、また、私は彼を、無表情にさせてしまった。


 坊やのことも、私自身が自分の頭で少し考えれば、指摘されたリスクに気づけたはず。前世の記憶が戻ったのに、本当に私ってば、何をしてるのよ!




 ◇◆◇◆◇




 それから、しばらくの時が流れた。


 スノウ剣術学校では、夏休み前の、夏期試験が始まっていた。一般常識のような座学の試験もあったけど、剣術の試験がメインらしい。


(また、アルベルトがモテてる)


 短期の臨時職員だと聞いていたけど、今、スノウ領自体が不安定だから、新たな職員が見つからないらしい。アルベルトは、剣術の試験のサポートまでしている。


 鈍感なのか、彼は、自分に好意を寄せている学生や先生にも、笑顔を振り撒いているのよね。


(面白くないわ)



「アルベルトさん、上段の構えを教えてくださらない?」


「ちゃんと復習してますか」


「叱られちゃったぁ〜。ごめんなさぁい」


(わざとらしいわね。バカじゃない?)



「アルベルト先生、双剣の握り方が上手くいかないの」


「私は、先生ではありませんよ。利き手はどちらですか? 利き手さえしっかりしていれば……」


「わからないの。やって見せて」


(利き手がわからないの? バカじゃない?)



「きゃー、カッコいい!」


 アルベルトが剣を振ると、取り巻きの学生達が、キャーキャー騒いでいる。確かに、アルベルトはカッコいいけど……。


(面白くないわね)




 あれ以来、スノウ領では、薬師を狙った襲撃が続いている。ただ、イブル家の新たな動きは、今のところ無いみたい。


 イブル家の末っ子が、スノウ剣術学校に避難していた薬師の襲撃を失敗したから、さすがに動けないんだと思う。



 スノウ家の次男は、薬師の坊やの行方を探してくれている。子供の人身売買は、一応禁じられているためか、なかなか足取りがつかめないみたい。


 スノウ領内のどこかに、子供の売買をしている拠点があるという。だけど、それをスノウ家は把握できてないらしい。


 地形的な問題かな。スノウ領の半分近くは、多くの魔物が生息する深い森林が広がっているから、すべての把握は不可能なのね。


 その未開拓の森林があるから、スノウ領には薬師が集まり、薬師ギルドまで出来たそうだ。



 夏休みになったら、私も捜しに行ってみようと思う。


 息子を殺された半月後に家が襲撃されて全焼し、財産ばかりか孫までも奪われた彼女は、一気に老け込んでいった。私に薬湯を作ってくれた頃とは別人のように、痩せ細っている。


 だから、坊やが今どこでどう暮らしているのか、その情報だけでも、調べて教えてあげたいわ。



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