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2、対照的な薬師兄弟とチビっ子

「ここは? 私はどれくらい眠っていたの?」


 青臭さと塩の味しかしないスープをなんとか飲み終えると、私は初老の女性に尋ねた。


「息子がお嬢さんを運んで来たのは、昨晩だよ。もうそろそろ日が暮れるから、丸一日かね。ここは、ノース領の北端だ。お嬢さんが落ちた場所からは少し離れているね」


(ノース領? アルベルトの……)


 私はまだ、他の領地についての知識は少ない。乙女ゲームと同じなら、スノウ剣術学校があるスノウ領に隣接するのが、ノース領だったはず。



「丸一日も、お世話になっていたのですね。なんとお礼を言えばよいのか……」


(あれ? 変な顔をした?)


 ほんの一瞬だったけど、初老の女性が表情を歪めたように見えた。でも、今は穏やかな笑みを浮かべている。見間違いだったのかも。


「そんなことは気にしなくていいさ。息子が学校に連絡を入れたから、そのうち迎えが来るだろう。それまで休んでいるといい」


 初老の女性はそう言うと、からになった木の器を持って、部屋から出て行った。やはり少し、態度が違うと感じる。


(気に障ることを言ったかしら?)


 左足が麻痺して動けない私は、粗末なベッドに寝転がる。さすがに眠くはないけど。




 ◇◇◇



「貴族の娘ではなかったのか!」


(ん? 何?)


 少し怒気を帯びた男性の声で、私は目が覚めた。眠くなかったはずなのに、眠っていたみたい。


「しーっ! 声が大きいよ。学生さんが目を覚ましたらどうするんだい」


「睡眠効果の高い薬湯を飲ませたのだろう? これくらいで起きるわけがない。無駄な労働だったな。クソッ!」


(薬湯?)


「感じの良いお嬢ちゃんだ。野菜スープだと言って木の器で出した薬湯を、感謝して飲んでいたよ。まぁ、助けてあげたことで、今後は何か良いこともあるだろう。無駄なことではないさ」


「あんな汚い器に入った物を飲むってことは、貴族でも裕福な商人でもない証だ。付き添いの使用人だな」


「学校の制服を着ていたじゃないか。学生で間違いないさ。平民で入学できたなら、あのお嬢ちゃんは優秀なんだろうよ」


「優秀かどうかなんて、どうでもいい。チッ! せっかく恩を売って、お抱え薬師にしてもらおうと思ったのによ」


(なるほどね)


 聞こえてきた話で、私を助けた理由がよくわかった。この声の主が、私を助けてくれた上の息子さんか。


 粗末なスープだと思ったものは、薬湯だったのね。睡眠効果が高い薬草を使う理由はわからないけど、まぁ、怪我を治すには、眠るのが一番なのかな。



「兄さん、これでいい?」


 別の男性の声が聞こえた。息子さんは二人とも居るみたい。部屋を移動したのか、彼らの声は聞こえなくなった。


 粗末な小屋だと思っていたけど、薬師なら貧乏なわけがないか。私のいる部屋は、本宅から離れた場所にあるのかな。


 学生とはいえ、見知らぬ人を泊めるのだから、本宅には入れないよね。薬師なら常に警戒しているはずだもの。



 私の家、ハワルド家では、何人もの薬師を雇っている。病気や怪我への対応はもちろんだけど、それだけならあんな人数は要らない。


 ハワルド家は王命を受けて、国に害となる者達を消す仕事をしている。暗殺もあるし、人前で堂々とさばくこともあるらしい。


 この世界では、貴族同士の暗殺事件が多いみたい。暗躍しているのは薬師だ。そのため、毒薬を使う薬師は逆恨みされ、命を狙われることが少なくないと聞く。


 さっき怒っていた男性は、雇い主を失ったのだろう。貴族に雇われてない薬師は、特に危険だ。あんなに焦っている理由も納得ね。




「父さん! 学生さんの包帯を替える時間だよ」


 少年のような声が聞こえた。


「そろそろ迎えが来るから、もういい。俺は手が離せない」


「えー、ボクやりたい! きっとまだ血が止まってないよ」


「じゃあ、貴重な薬は使いたくないから、包帯だけ替えてやれ。眠っているだろうから起こすなよ」


「うん! わかった!」


 少年は、上の息子さんの子供みたい。父親の手伝いをしたい年頃なのかな。




 そーっと部屋に入ってくる気配を感じた。


 ドテッ!


(あっ、けた)


「ふぃ〜ん、ふぐっ」


(必死に耐えてる)


 寝たふりをしていたけど、床に座って涙を必死に我慢している少年の姿に、私の方が耐えられなくなってきた。



「坊や、大丈夫?」


「ふぇっ、ごめんなさい。起こしちゃった。ボクは包帯を替えに来たのに、包帯が転がってしまって……」


 さっき聞いていた声の感じよりも、見た目は幼い。5〜6歳だろうか。泣かないように必死に耐えているみたい。


 私は上体を起こした。眠気がまだ残っていて、少しボーっとする。でも左足のしびれは、マシになっていると感じた。



「坊や、ありがとう。小さいのに薬師さんかな?」


 私がそう尋ねると、男の子はパッと顔をあげた。涙はこぼれてしまったけど、ニッコニコな笑顔だ。


「うん! ボクは薬師見習いだけど、父さんは薬師だよ。それから、カルロスおじさんも薬師だよ」


(カルロス?)


「へぇ、すごいね」


「うん! あっ、父さんだ」


 床に転がる包帯を取ろうと向きを変えた男の子は、叱られると感じたのか、開いた扉の方を見て固まっている。



「はぁ、起こさないようにと言っただろう? お嬢さん、気分はどうかな? そろそろ迎えが来るはずだよ」


 さっきの怒っていた声とはまるで別人ね。優しい声色で、柔らかな笑みを浮かべる男性。30代前半だろうか。この男の子の父親で、私を助けてくれた人よね?


(すっごい美形! 薬師カルロスに似てる?)


「ありがとうございます。高台から落ちた私を助けてくださったのですね。しかも、治療までしていただいて」


「あぁ、大したことはしてないよ。薬師は怪我人を見て見ぬふりはできないからね。それに、こちらが勝手にしたことだ。薬代も気にしなくていい」


(薬代を要求されてる?)


「素晴らしいお考えですわ。薬代は当然お支払いします。ご兄弟で薬師なのですね」


「ん? あぁ、弟はまだ見習いだけどね。どこかで雇ってもらえたらいいのだが……」



 遠慮がちに、こちらを覗く人の姿が見えた。


(やっぱり! 薬師カルロスだわ!)


「お話し中にすみません。兄さん、ちょっと」


 乙女ゲームでは、カルロスはノース家に仕えていた。この世界は、ゲームとは少し違うのかも。



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