19、臨時休校になったので
「今日と明日は、お休みにします。皆さん、気をつけて帰るように」
校長はそう言うと、少し離れた場所にいた騎士風の人の方へと行ってしまった。その少し後、校内に臨時休校のアナウンスが流れた。
(授業できる状態じゃないよね)
私としては、早く薬師兄弟の家を見に行きたいと思っていたから、好都合だわ。
「レイラさん! さっきのやつ、すごかったね」
スノウ家の次男が、数人の大人と一緒に中庭に出てきた。実習のときに彼の護衛をしていた人もいる。
2階の窓を見上げると、クラスメイト達はまだ廊下に居た。帰れと言われても、すぐには帰らないよね。私の方に笑顔を向けて手を振ってくる人もいる。臨時休校は、やっぱ嬉しいのかな。
「コルスさん、ありがとう。でも失敗してしまったわ。襲撃者だけに嫌味を言ったつもりだったんだけど」
「あれで俺達もスカッとしましたよ。聞けてよかったです。レイラさんが俺達のために、こんなにも力を尽くしてくれたことが伝わりましたから」
(ん? 俺達のため?)
私は、アルベルトが殺されると思って動いたわけで、別に学生達のためにしたことじゃない。
「別に、大したことはしてないわ」
「そ、そうなんですね! ですが、ハワルド家の特有能力を俺達のために使ってくれたことは事実です! 感動しましたよ!」
「コルスさん、その話し方はやめてくださる? いつもと違う話し方をされると、居心地が悪いわ」
「ハッ! 確かに、話し方が……あはは。あまりにも強大なチカラだったから。そうそう、レイラさんが普段考えていることを知ることができて、クラスメイトも皆、喜んでるよ」
(ん? 喜んでる?)
「このチカラに怯えたんじゃなくて?」
「怯えないよ。ハワルド家の能力は、普段は封印されていることを貴族なら誰でも知っている。だけど、友達を守るために使ってくれたでしょ? レイラさんが、学校全体を守ってくれた。そのことが、みんな嬉しいんだよ」
「そう、なの?」
「あっ! もしかして、特有能力を使ったからハワルド家の当主から咎められるのかな? 俺達みんなで、レイラさんの正当性を主張するよ! 襲撃者を率いていたのがイブル家の子息だったんだから、校長でさえ止められないよ!」
(何を勘違いしてるの?)
ハワルド家には、そんな制約はない。王命以外の暗殺依頼を受けないだけ。むしろ、相手がイブル家の子息だとわかっていて何もしなければ、その方が咎められる。
熱く語るスノウ家の次男。私は、こみあげてくる衝動を必死に抑えた。15歳までの私が、これを好機と捉えて、皆を支配下におくような余計なことを言ってしまう。
そうか。悪役令嬢レイラ・ハワルドが、学校で独裁者のように君臨していたのは、この事件がキッカケなのかもしれない。
それに、ワノルド・イブルを下僕のように従えていたのも、この事件がキッカケかも? 彼には、威圧の絶対服従を使った。今後、彼は特有能力を使うたびに、今日のことを思い出す。彼は、どんどん私のことが怖くなっていくはず。
(マズイわ!)
私は、乙女ゲーム通りに進んでしまっている。
でもクラスメイト達は、まだ私を恐れていない。逆に、勘違いして、感謝してくれている。このまま友達のフリを続けて、深く関わらないようにしておけば、私は独裁者にはならないよね?
それに何より、アルベルトとの関係は少しずつ改善できていると思う。婚約破棄なんて、絶対しない。
「えっと、レイラさん? 大丈夫?」
私が黙っていたから、スノウ家の次男は、すごく心配しているみたい。
「今回の能力を使った件は、心配しなくて大丈夫よ」
「でも、顔色が……」
「あぁ、私を助けてくれた薬師兄弟の家を、見に行っておきたいと考えてて」
私がそう言うと、スノウ家の次男は大きく頷いた。それを聞いたアルベルトも、私に視線を移した。
「心優しいレイラさんなら、そう考えるのも当然だね。俺も、その薬師の家が襲撃されたことしかわからず、ノース領だということもあって、昨夜の被害の状況がつかめていない」
すると、アルベルトが口を開く。
「レイラ様、それでしたら、こちらの件が落ち着いてから、明日にでも私が……」
「アルベルトは怪我人じゃない。特殊な毒の可能性を考えて、治癒ポーションは飲んでないでしょ? それに、貴方には職員の仕事があるわ」
「丸薬を飲んだので痛みはありません。職員としての襲撃処理は、今日中に終わらせます」
(私を行かせない気ね?)
私は、ハワルド家の娘として必要な、あらゆる護身術を習得している。それなのに信用されてないのだろうか。アルベルトから見て、私はまだ4歳児なの?
「あの家には、幼い坊やも居たわ。そのお婆さんには、薬湯を作ってもらった。今、一刻を争う状態かもしれないのよ?」
「では、校長に許可をいただいてくるので、少しお待ち……」
「アルベルトさん、それなら、俺がレイラさんに同行しますよ。あの場所を発見した兵もいます。スノウ家の近衛魔導士も連れて行きます」
「コルスさん、それはご迷惑では……」
「いえ。そもそもスノウ領の薬師ギルドが狙われた件です。俺達には、キチンと調査して次の襲撃に備える必要がある。それに何より、レイラさんは俺の大切な友達です。友達の恩人のことを気にかけるのは、当然のことですから」
(えっ? 友達なの?)
私は、堂々と友達と言われたことに、少し驚いた。
「そうですか。それなら、お願いします。レイラ様は、護衛は不要なくらいお強いですが、よくトラブルに巻き込まれる方なので」
(な、何よ? ケンカ売ってる?)
「はい、レイラさんは常に狙われているのですよね。俺達が逆に足手まといにならないように、気をつけます」
(ん? 誤解してない?)
スノウ家の次男には、アルベルトの言葉の意味が伝わってない。私がトラブルメーカーだって言われてるのに。
アルベルトは、あいまいな笑みを浮かべて、校舎の方へと消えて行った。
「じゃあ、行きますか。彼は、正確な転移魔法ができるので、魔法陣は経由せず、直接移動しますね」
「ええ、わかったわ。よろしくお願いしますわね」
「は、はは、はい! で、では……参りましょう」
私達は、転移魔法の光に包まれた。