16、薬師カルロスの兄の死、そして……
「イブル伯爵の側近って……やべぇだろ。マジかよ」
(私も同感!)
だけど、ハワルド家の娘として、動揺は見せられない。それに私は、そんな話は聞いてない。暗殺貴族であるイブル家を潰すことなんて、可能なのかしら。
ハワルド家は王命を受けて、堂々と働いているから、暗殺貴族だと広く知られている。だから、ハワルド家が動くかもしれないという噂だけで、かなりの抑止効果もある。
一方で、イブル家が暗殺貴族であることは、あまり知られていない。貴族は知っていると思うけど。
ハワルド家は、基本的に王命がないと動かないけど、イブル家は、他の貴族からの依頼でも動く。また、ハワルド家では、絶対に失敗は許されない。必ず完遂する。これが爵位の違いかしら。
「コルス、昨夜の襲撃事件って、薬師が襲われたのか? 学校が厳戒態勢って、どういうことなんだ?」
「学生を襲うかもしれないってこと? 貴族に仕えていたなら、良識ある大人でしょう? なぜ、子供を狙うのよ」
「ここは、剣術学校だぜ? スノウ領全体がヤバイのか?」
教室前の廊下に集まっていたクラスメイト達が、口々に、スノウ家の次男に質問をとばしている。
私も何も知らなかったけど、皆が次々と声を出してくれるから助かる。私は、表情に気をつけながら、スノウ家の次男の返答を待った。
「順に話すから、騒がないでよ。俺も、今朝早くに叩き起こされて聞いた話だ。だから、まだ正確な情報ばかりではないかもしれないが……」
「コルス、前置きは要らないって言ってるだろ。誰も責任を取れとか言わない。早く話せ」
「あぁ、わかった。レイラさんから昨日頼まれていた件から話すよ」
(薬師兄弟の安否よね)
私が無言で頷くと、クラスメイト達も静かになった。
「レイラさんが高台から落ちたときに助けたという薬師は、兄弟で薬師をしていたらしい。弟の方は、ひと月ほど前から、領主の屋敷で見習い薬師として雇われたようだ」
(カルロスは、ノース家の見習い薬師か)
「そして、言いにくいんだけど、レイラさんを助けた薬師のお兄さんの方は、半月前の薬師会合が狙われた襲撃で命を落としている」
(……悪い予感は当たるのね)
私の胸は、ズキンと痛んだ。あの事件のことが、一気にフラッシュバックしてくる。彼が私を助けてくれたことに変わりはない。
(あっ、あの子は?)
彼の幼い息子は大丈夫だろうか。カルロスが見習い薬師をしているなら、あの家を離れているはず。母親とは会わなかったけど、おばあちゃんも一緒だから大丈夫かな。あの坊やがもう少し大きくなるまでは、父親の死は伝えないか。
「レイラさん、続けてもいいかな」
「あっ、ぼんやりしていたわね。ええ、お願いするわ」
私の顔に、感情が出ていたのかもしれない。スノウ家の次男は、私が聞く準備ができるまで、話を中断してくれていた。
「そして、この事件が昨夜の襲撃に繋がった。半月前の薬師会合の参加者の素性を、奴らはすべて調べたらしい。殺し損ねた薬師を襲撃したのが、昨夜の事件だ。つまり、会合の襲撃で生き残った薬師だけではない。薬師の家族も、大抵は薬師だからね」
(えっ……)
ゾワリと、背筋が凍った。
「おい、コルス! それって、薬師を全滅させるって言っていたのって……」
「あぁ、スノウ領には、薬師ギルドがあるからな。薬師ギルドも昨夜、全焼したよ。昨夜のうちに、一斉に何十もの場所が襲われた。レイラさんを助けた薬師の家も……」
(嘘! そんな……)
あっ! だからアルベルトは、あんな顔をしていたの? 私の後ろ姿を目で追わなかったのは、追えなかったってこと?
シーンと静かな廊下に、始業の鐘が鳴り響く。
「レイラさん、あの……」
スノウ家の次男は、酷い顔をしている。優しい性格だからだわ。私の心情を考えて、すごく苦しくなっているみたい。あっ、スノウ家の屋敷にいる薬師も襲われたのだろうか。
「コルスさんの屋敷は、無事だったの?」
「はい、さすがにスノウ家の屋敷にまでは、侵入してきませんでしたよ」
「それは、他にも多くのターゲットがいるからよね。数を減らしたいなら、潰しやすい所から狙うわ」
「えっ……」
(甘いわね)
「奴らは、薬師は悪だから全滅させると主張しているのよね? イブル家が潰された報復のように聞こえたけど、私の耳には、イブル家が潰されたという情報は届いてないわ」
「そうなのですか? イブル家の屋敷はどこにあるかわからないですが、イブル伯爵が殺されたという話は……」
「誰が、その死体を確認したの? 当主が殺されたなら、後継者が継ぐはずよ。イブル家の当主が変わったという話も聞いてないわ」
「確かに俺も聞いていません。でも、イブル家は暗殺貴族だから、いろいろと隠されていることが……」
スノウ家の次男は、そう言いつつも頭では、自分の矛盾に気づいたみたい。暗殺貴族が、簡単に潰されるわけがない。
イブル家は何かの理由で、特定の領地の薬師を全滅させようとしているのか。家を潰されたという嘘で、本当の狙いを隠している?
(小者すぎるわね)
イブル家とは、私は全く交流はない。そういえば一番上の姉が、イブル家をバカにしていたっけ。
そのバカのせいで、私を助けてくれた薬師の家が襲撃され、薬師を夢見る坊やまで殺されたなら……。
私は、安否を確認したい衝動を必死に抑えた。スノウ家には、詳しいことは、まだわからないはず。授業が終わったら、私が直接行ってみるしかないわね。
「先生が来ないね」
一人がポツンと呟いたことで、私達は、始業の鐘がとっくに鳴ったことを思い出した。
中庭に視線を向けると、多くの学生がいた。そして、軽装の数人の男性もいる。アルベルトが、何か話しているみたい。
遅刻の学生も、パラパラと転移魔法で到着してくる。転移魔法で登校するより、寮から徒歩で通う学生の方が多いのに、こんなにも中庭に?
「皆、剣を装備して待機してくれ」
(突然、何?)
実習の職員はそう告げると、同じことを叫びながら、廊下を走って行く。
「先生達は、正門の方に行った。襲撃だ! 薬師の家の子は隠れてろ。チッ! 中庭もか」
襲撃を知らせに来た上級生は、窓の外を見てすぐに引き返して行った。
(あっ、アルベルトが剣を抜いてる!)